片外し

片外し（かたはづし）

片外しは、日本の江戸時代、主に御殿女中や官女といった身分の女性たちの間で結われたとされる特徴的な髷（まげ）の一種です。笄（こうがい）に髪の一部だけを巻きつけ、後頭部に平たく形作られた「つと」（たぼ）を持つのが大きな特徴であり、しばしば御殿女中の象徴的な髪型として認識されていました。

歴史的背景と伝播

この髪型の起源は京都にあると伝えられています。公家に仕える女性が、公家の姫君が江戸へ嫁ぐ際の婚礼行列に随伴した折、その際に結っていた片外しが大奥を中心に江戸の武家社会へと広まったとされています。このようにして、片外しは京から江戸へと伝わり、特に格式ある場所で働く女性たちの間で確立された髪型となりました。

特徴的な構造と結び方

片外しの最も特徴的な構造の一つは、その「仮結び」にあります。髪全体を後頭部で一つにまとめた後、その毛先の一部のみを輪状にして笄に巻きつけるという独特な結び方をします。これは、一般的な笄髷が髪の根元まで笄にしっかりと巻き込むのとは異なり、根元部分は巻き込まずにそのままにしておく点に特徴があります。このような結び方になっているのは、笄を外すだけで容易に下げ髪（髪を下ろした状態）に戻せるようにするためです。

この仮結びの技法は、特に公式の場や儀礼など、状況に応じて迅速に髪型を変える必要があった際に非常に重宝されたと考えられます。例えば、武家社会や宮中での儀式においては、時として髪を下ろした下げ髪が正式な装いとされる場合があり、片外しはそうした場面に即座に対応できる実用性を兼ね備えていたと言えるでしょう。

「つと」の形状とその意味

片外しのもう一つの重要な特徴は、後頭部に作られる平たい「つと」の部分です。この「つと」は、公家や上流武家の女性に限られた特別な形状をしていました。京では「葵髱（あおいづと）」、江戸では「椎茸髱（しいたけたぼ）」と呼ばれており、葵の葉や乾燥させた椎茸に似た、平たく薄い半円形を二つ組み合わせたような形をしています。この独特な「つと」の形状は、単なる装飾ではなく、着用者の家柄や身分を示す重要な要素でもありました。公家や上流武家という限られた階層の女性のみに許された結い方であったことから、片外し、特にその「つと」は、高い身分や格式を象徴するサインとしての役割も果たしていたのです。

装飾品と全体の印象

片外しに用いられる髪飾りは比較的控えめです。構造上、多くの飾りを付けることは難しいため、主に形を整えるための笄を中心に、櫛や平打簪（ひらうちかんざし）などが用いられる程度でした。派手な装飾を避ける傾向は、この髪型が持つ品格や奥ゆかしさを際立たせています。質素ながらも洗練された印象は、御殿女中や官女といった、ある程度の身分と教養を持つ女性たちの佇まいにふさわしいものでした。

歌舞伎における「片外し」

片外しは、江戸時代の文化を反映する歌舞伎の世界にも取り入れられています。特に、『伽羅先代萩（めいぼくせんだいはぎ）』の乳母政岡（めのとまさおか）や『鏡山旧錦絵（かがみやまこきょうのにしきえ）』の岩藤（いわふじ）といった、いわゆるお家物と呼ばれる演目に登場する武家女房役の鬘（かつら）として使われることが多くあります。これらの役柄は、高い身分や強い忠誠心を持つ女性として描かれることが多く、片外しはその役柄の風格や時代背景を示す重要な要素となっています。こうした背景から、これらの特定の役柄を演じる女形（おやま）役者そのものを指して「片外し」と呼ぶ慣習も生まれました。これは、髪型が単なる装いを超え、役柄の性格や立場を象徴するまでに定着していたことを示しています。

まとめ

片外しは、江戸時代の御殿女中や官女に愛された、構造的にも文化的にも興味深い髪型です。京都から江戸への伝播、仮結びによる実用性、つとの形状が示す身分、そして歌舞伎における象徴的な使用など、その多角的な側面は、当時の女性たちの生活や社会構造、美意識の一端を今に伝えています。格式と品位を兼ね備えたこの髪型は、歴史の中で確固たる地位を築きました。

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