片岡仁左衛門 (13代目)

十三代目 片岡 仁左衛門

十三代目片岡仁左衛門は、日本の歌舞伎界において、昭和後期を支えた傑出した立役の名優です。本名を片岡千代之助といい、屋号は松嶋屋、定紋は七ツ割丸に二引。日本芸術院会員、そして重要無形文化財保持者（人間国宝）に認定されるなど、その功績は広く認められています。特に、晩年に視力を完全に失いながらも舞台に立ち続けたことは、多くの人々に感動を与えました。

人となり

その人柄は温厚篤実として知られ、裏表のない誠実な性格でした。こうした人間性が、彼が演じる高貴な役どころに自然な品格をもたらし、観客を深く魅了しました。特に『仮名手本忠臣蔵』の由良助役は当たり役の一つとして知られ、七段目での豪遊ぶりはあくまで自然で、卑屈な面を見せることはありませんでした。

家族としては、五代目片岡我當、日本舞踊家の花柳寿々、二代目片岡秀太郎、十五代目片岡仁左衛門といった歌舞伎や舞踊の道に進んだ子らがおり、新劇女優の片岡静香もその一人です。

役者としてだけでなく、学究肌で文才もあり、多くの著書を残しています。また、古典芸能界では珍しく、熱心な鉄道愛好家としても知られ、鉄道友の会の要職を務めるなど、鉄道関連のイベントにもしばしば顔を出しました。超高速列車、特に新幹線には「旅の風情が失われた」と批判的な一面も見せつつ、開業一番列車に乗車するなど、深い関わりを持っていました。

歌舞伎狂言の型を教える際には、様々な伝承の型を示すものの、最終的な選択は役者本人に委ねるという独特の指導法を持っており、これは彼の寛容な人柄と、後進の自主性を尊重する姿勢の現れと言えるでしょう。

足跡

明治36年（1903年）、安田善三郎の三男として東京に生まれた仁左衛門は、生後まもなく十一代目片岡仁左衛門の養子となりました。明治38年（1905年）、京都南座で本名の片岡千代之助として初舞台を踏みます。その後、片岡少年劇での活動を経て、昭和4年（1929年）に歌舞伎座で四代目片岡我當を襲名。この頃から東京を拠点に活動し、九代目市川團十郎の流れを汲む七代目市川中車など、様々な名優から積極的に学びました。昭和7年（1932年）には、松竹新宿新歌舞伎座で青年歌舞伎を結成し、座頭として約7年間にわたり活動を展開しました。

昭和14年（1939年）には上方歌舞伎へと拠点を移します。昭和26年（1951年）には亡父の後を継ぎ、十三代目片岡仁左衛門を襲名しましたが、昭和30年代以降の関西歌舞伎の衰退は著しく、思うような活動が難しい状況が続きました。二代目中村鴈治郎や三代目實川延若らとともに「七人の会」を立ち上げるも、大きな注目は集められませんでした。しかし、上方歌舞伎の伝統を守ることを強く願った仁左衛門は、私財を投じて「仁左衛門歌舞伎」と銘打った自主公演を昭和37年（1962年）から五度にわたり敢行。これは関西歌舞伎界に計り知れない影響を与えました。同時に、高校生向けの歌舞伎教室や上方の若手育成組織「若鮎の会」を主宰するなど、人材育成にも力を注ぎました。

晩年の円熟と困難

転機が訪れたのは昭和41年（1966年）、歌舞伎座での『廓文章』（吉田屋）における伊左衛門役が高い評価を得てからです。それまで堅実ながらも独自の持ち味という評が多かった彼の演技は、この頃から顕著な変化を見せ始めます。驚くべきことに、彼の芸は七十代後半から八十代にかけて飛躍的な深化を遂げ、名優としての揺るぎない地位を確立しました。最晩年に至るまでその滋味あふれる品格高い演技は多くの観客に深い感動を与え、今なお賞賛の声が聞かれます。

昭和47年（1972年）には重要無形文化財保持者（人間国宝）に認定され、日本芸術院賞も受賞しました。昭和56年（1981年）に国立劇場で演じた『菅原伝授手習鑑』の菅丞相役は、「絶品」を越え「神品」とまで称賛され、客席からは「松嶋屋天神！」という特別な掛け声が送られるほどでした。しかし、この頃から緑内障により徐々に視力が衰え始め、最晩年には完全に失明状態となりました。それでも舞台に立ち続けるという強い意志を貫き通しました。昭和56年には日本芸術院会員、平成4年（1992年）には文化功労者として顕彰されました。

平成5年（1993年）12月、京都南座での顔見世興行における『八陣守護城・御座船の段』の佐藤正清が、彼にとって生涯最後の舞台となりました。そして、平成6年（1994年）3月26日、老衰のため京都の自宅で波乱に満ちた90年の生涯を閉じました。

当たり役（一部）

『菅原伝授手習鑑』の菅丞相・松王・源蔵・時平
『仮名手本忠臣蔵』の由良助・判官・本蔵
『一谷嫩軍記・熊谷陣屋』の熊谷直実
『廓文章・吉田屋』の藤屋伊左衛門
『夏祭』の團七九郎兵衛・釣船三婦
『恋飛脚大和往来・新口村』の亀屋忠兵衛

十三代目片岡仁左衛門が残した芸の軌跡と、困難に立ち向かい生涯役者として生き抜いたその姿は、現代の歌舞伎界においても貴重な遺産となっています。

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