牧歌 (ウェルギリウス)

ウェルギリウスの『牧歌』（Eclogae / Bucolica）

『牧歌』（ぼっか、ラテン語: Eclogae または Bucolica）は、紀元前42年頃にラテンの詩人ウェルギリウス（Publio Virgilio Marone）によって著された詩集です。ウェルギリウスの三大詩の一作目にあたり、全10編のエクローグ（牧歌）から構成されています。この作品は、ウェルギリウスがナポリのエピクロス派から学んだ人生観を、詩的な言語へと変換した初期の成果とされています。

作品の背景

『牧歌』が書かれた紀元前1世紀のイタリアは、内戦によって大きく揺さぶられていました。ウェルギリウスは、カティリナの陰謀、ユリウス・カエサルの台頭、ポンペイウスとの内戦、カエサルの暗殺、そしてカエサル派とポンペイウス派の衝突といった、激動の時代を目の当たりにしました。その間、オクタウィアヌスはフィリッピの戦いで勝利を収め、ローマに帰還すると、退役軍人への報酬として農民から土地を収用し、再分配しました。この土地収用は、ウェルギリウスに大きな衝撃を与え、彼の作品に大きな影響を与えました。

牧歌のテーマと影響

牧歌的なテーマ自体は当時ローマの文化において斬新なものではありませんでしたが、ウェルギリウスは全編をこのテーマに捧げた点で革新的でした。彼は、紀元前3世紀のヘレニズム詩人テオクリトスの『牧歌』（Idylls）に触発され、田園生活の描写を取り入れました。しかし、ウェルギリウスにとって牧歌は単なる模倣ではなく、彼の経験、気質、哲学観が深く反映されたものでした。戦争、収用、政治的混乱といった現実に直面したウェルギリウスは、哲学への関心を深め、あらゆる苦悩から解放されたいという願望を抱き、詩作を通して現実からの脱出を試みました。

ウェルギリウスは、作品の登場人物である羊飼いを自己投影しています。テオクリトスの羊飼いが現実から遊離しているのに対し、ウェルギリウスの羊飼いは現実と密接に関わっています。風景描写も異なり、テオクリトスの牧歌が陽光あふれるシチリア島を舞台とする一方、ウェルギリウスの牧歌は霧が立ち込めるポー平原を舞台とすることが多く、その背景には常に憂愁の影が漂います。

テオクリトスの牧歌との大きな違いは、その詩的な語彙とメトリックにあります。テオクリトスは牧童の現実をより率直に描いていますが、それでもなお洗練された言葉で自己表現を行っています。一方、ウェルギリウスのアルカディアの羊飼いは、現実世界の労働や苦労から離れ、穏やかな世界で悲劇から逃避しています。彼らは田舎の粗野さと都市の過度な複雑さの両方を欠いています。ウェルギリウスはリアリズムから離れ、田園を「ロクス・アモエヌス」（心地よい場所）に変え、そこでのんびりと過ごす「オチウム」を創造しました。彼の作り上げたアルカディアは、単なる理想郷ではなく、避難所であり、愛を歌う場所であり、野蛮に対抗する文明の象徴であり、不変の幸福の象徴として描かれています。

各エクローグの内容

以下に各エクローグの概要を説明します。

エクローグI：土地を失い追放された羊飼いメリベウスと、土地を保持できた羊飼いティティロの対話を通じて、土地収用という当時の歴史的事実を反映しています。ティティロは、ローマで出会った神のおかげで自由を買い戻せたと語っています。

エクローグII：羊飼いコリュドンの若い少年アレクシスへの報われない愛を描いた独白です。コリュドンは、アレクシスに贈り物や愛の言葉を贈りますが、少年は振り向きません。この詩は、テオクリトスの『牧歌』XIの影響を受けています。

エクローグIII：羊飼いダメタスとメナルカスが歌を競い合う場面を描いています。二人は牧歌的な生活や愛をテーマに歌を披露します。最後に審判を務めるパラエモンが現れ、勝負は引き分けに終わります。

エクローグIV：新しい黄金時代の到来を告げる詩で、将来生まれるであろう「神の子」を祝福しています。この詩は、オクタウィアヌスとマルクス・アントニウスの和解を背景に書かれましたが、その解釈は様々に分かれています。

エクローグV：羊飼いメナルカスとモプソスが歌の芸術について語り合う場面を描いています。モプソスは、嫉妬から失明した羊飼いダフニスの死を歌い、メナルカスはダフニスを神格化して賛美します。

エクローグVI：ウェルギリウスがアルフェヌス・ヴァルスのために書いたとされ、サテュロス、シレノスが歌を歌います。この詩は、エピクロスの哲学やカタログ詩に関する議論に発展しています。

エクローグVII：再び歌のコンテストの場面が描かれています。コリドンとティルシスが互いに歌を競います。コリドンの歌は洗練されていますが、ティルシスの歌は下品であり、コリドンが勝利します。

エクローグVIII：羊飼いダモンとアルフェシベウスの歌の競演を描いています。ダモンは恋人の裏切りを悲しみ自殺を決意し、アルフェシベウスは恋人を取り戻すための魔法の儀式を歌います。この詩は、テオクリトスの影響を受けていますが、悲劇的な要素が強くなっています。

エクローグIX：土地を追われた羊飼いメナカスと、彼の苦境を耳にした羊飼いリシダスの対話が描かれています。メナカスは、自身の詩が土地を守るのに役立たなかったことを嘆いています。

エクローグX：恋に苦しむ詩人ガッルスを慰めるため、自然界の神々や羊飼いたちが集まります。ガッルスの報われない愛の痛みが深く描かれています。

作品の構造と解釈

『牧歌』は、単なる田園生活の描写ではなく、当時の社会状況や人間の感情を複雑に反映した作品です。各エクローグは、独立した詩として存在しながらも、全体として一貫したテーマを共有し、読者に多様な解釈の可能性を与えています。ウェルギリウスは、牧歌の形式を用いながら、現実社会の矛盾や人間の苦悩を描き出し、読者に深い共感を呼び起こしました。

『牧歌』の意義

ウェルギリウスの『牧歌』は、文学史において重要な位置を占めています。この作品は、牧歌文学の規範を確立し、後世の詩人や芸術家に大きな影響を与えました。ウェルギリウスの詩的な才能と、人間に対する深い洞察力は、現代においてもなお、多くの読者の心を捉えています。

参考文献:
P.レヴィ、ヴァージルの第8エクローグにおけるポリオへの献身、「エルメス」、n。 94（1966）、pp。 73–79。
F.ミケラッツォ、ブコリシェ、百科事典Virgiliana 、vol。私、ローマ、トレッカニ、1984年、pp。 540〜582。

もう一度検索