物の怪

物の怪（もののけ）とは

物の怪とは、日本の古典や民間信仰において、人々に災いをもたらすとされる霊的な存在の総称です。具体的には、怨霊、死霊、生霊などが含まれ、人々に憑依して病気や苦しみを与え、時には死に至らしめると信じられていました。また、妖怪や変化（へんげ）といった、より広範な超自然的な存在を指す場合もあります。

平安時代の物の怪

物の怪の話は、主に平安時代の文献に多く見られます。医学が未発達であった当時、原因不明の病気や災いは物の怪の仕業と考えられ、貴族から庶民まで広く恐れられていました。

文献にみる物の怪

源氏物語: 第9帖「葵」では、六条御息所の生霊が葵の上に取り憑き、苦しめる様子が描かれています。これは、物の怪が人間関係の怨恨や嫉妬によって生じるという考えを象徴しています。
大鏡、増鏡: これらの歴史物語にも、物の怪に関する記述が見られます。当時の社会における物の怪の存在感がうかがえます。
枕草子、紫式部日記: これらの作品には、僧侶や修験者が加持祈祷を行い、物の怪を「よりまし」と呼ばれる人に乗り移らせて調伏する様子が詳しく描写されています。これは、物の怪に対抗するための宗教的な儀式の一例です。
続日本後紀: 皇居内に現れた物の怪に対し、60人もの僧侶が経を唱えて鎮めようとしたという記述があります。これは、国家レベルで物の怪が問題視されていたことを示しています。

陰陽師の役割

当初、陰陽師は物の怪に対して直接的な呪術を用いることはありませんでした。しかし、11世紀後期以降になると、陰陽師も物の怪に対応するようになり、公家の病気平癒のために泰山府君祭などが行われるようになりました。

言葉の原意

「モノ」という言葉は、元来、人間以外のあらゆる存在、つまり無生物や超自然的なものを指していました。それが転じて、「延喜式」の時代には、災いや祟りを引き起こす悪神を「モノ」と呼ぶようになり、善神と対比される概念として用いられました。

漢字では「物」を当てることが多く、物の怪は死霊や生霊の祟りを意味することが一般的です。この思想は、古代からの「モノ」に対する畏怖の念を基盤として発展したと考えられています。時代を遡るほど、「モノ」が意味する恐怖の対象は広がり、多種多様な範囲を内包するようになりました。

歴史

平安初期

日本では、社会不安や病気を怨霊の祟りとする考え方が広まりました。延暦年間には、皇族の病死や疫病の流行が早良親王の祟りであるとされました。しかし、当時はまだ怨霊思想が有力ではなく、嵯峨天皇は遺戒で物の怪と怨霊の関連を否定しています。

平安中期

春澄善縄が編纂した『続日本後紀』には、陰陽道の知識が反映され、物の怪に関する記述が多く見られます。承和年間には、貴族社会が陰陽道の強い影響を受け、怨霊の観念が人々の間に浸透しました。延喜3年（903年）の菅原道真の死後、相次ぐ皇族や貴族の死、疫病の流行などが道真の祟りとして恐れられ、物の怪が怨霊の祟りによって起こるものとする考えが強まりました。

藤原摂関家時代

貴族たちは栄華を誇る一方で、繊細な性格から、敗者の怨みや復讐、将来への不安などから物の怪を恐れるようになりました。閉鎖的な宮廷社会も、物の怪への恐怖を助長しました。その結果、物の怪自体が怨霊と同一視されるようになり、疫病や個人の死、病気、苦痛などが全て物の怪の仕業と見なされるようになりました。さらに、「モノ」に対する恐怖心から、病原体ともいえる生霊や死霊自体が「物の怪」と呼ばれるようになったと考えられています。

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