春澄善縄

春澄善縄（はるすみ の よしただ）

春澄善縄は、平安時代初期から前期にかけて活躍した公卿であり、著名な学者です。猪名部造を氏姓としていましたが、後に春澄宿禰、春澄朝臣へと改めました。字は名達（めいたつ）と称し、周防国大目・猪名部豊雄の長男として生まれました。最終的な官位は従三位・参議にまで昇り、その才能と功績は朝廷でも高く評価されました。

生い立ちと学問の道

猪名部氏は物部氏の庶流であり、その出自は決して高くありませんでした。祖父や父も下級官吏でしたが、善縄は幼い頃からその才能を発揮し、祖父は彼のために財産を惜しまず教育に投資しました。弘仁7年（816年）に大学寮に入り文章生となり、文章科（後の紀伝道）で学び始めました。文章科は下級役人や庶民の子弟が学ぶ数少ない学科でしたが、当時の貴族階層の間で正史や漢詩に対する関心が高まると、文章生の入学資格が「良家（公卿）子弟」に限定され、善縄は対策を受ける権利を事実上剥奪される危機に陥りました。しかし、彼は諦めることなく学問に励み、その熱心さは周囲を圧倒しました。

学問の成果と官途

文章博士・都腹赤らの尽力により、淳和天皇の勅旨によって善縄は奉試を受け、文章得業生の代わりに設置された俊士に選ばれました。天長4年（827年）には常陸少目に任じられ官途に就き、その後、文章科の旧制復帰に伴い文章得業生に転じました。同時に兄弟姉妹と共に春澄宿禰姓に改姓しました。天長7年（830年）には対策に合格し、淳和天皇の計らいで内記の人員に欠員を作り、少内記に任命されるという異例の出世を果たしました。

仁明朝での活躍と失脚

仁明天皇の即位後、皇太子・恒貞親王の東宮学士に任じられ、親王の信頼を得ました。承和の変では、恒貞親王が皇太子を廃されたことに連座して周防権守に左遷されました。しかし、翌年には罪を赦され、文章博士として平安京に戻り、仁明天皇や藤原良房の信任を得るようになりました。

善縄は文章博士として、物の怪の出現の原因を調査し、中国の故事を基に亡者の祟りとする説に決着をつけました。また、仁明天皇に『荘子』『漢書』の講義を行い、その学識の深さを示しました。大学寮では『後[[漢書]]』を講読し、学生たちの疑問を次々と解決したと伝えられています。承和15年（848年）には正五位下に叙せられました。

文徳朝から清和朝へ

文徳天皇の即位に伴い、従四位下に叙せられました。文徳朝では、但馬守、刑部大輔、右京大夫を歴任し、文徳朝末には従四位上に昇進しました。この間、宿禰姓から朝臣姓を授けられました。文徳天皇には『文選』『晋書』の講義を行い、その学才を遺憾なく発揮しました。国史編纂にも携わり、右大臣・藤原良房や参議・伴善男らと共に国史編纂を命じられ、『続日本後紀』を完成させました。

清和朝では参議に任じられ公卿の列に加わり、式部大輔を兼任し、正四位下に叙せられました。晩年には病に倒れましたが、その功績を称えられ従三位に叙せられました。そして太政大臣・藤原良房から見舞いの品が届けられましたが、間もなく亡くなりました。享年74歳でした。

人物像

善縄は「在朝の通儒」と評されるほど儒教に精通していましたが、『周易』・『老子』・『荘子』の三玄の学にも通じており、陰陽道にも深い知識を持っていました。紀伝道では菅原清公・是善父子の学閥に対抗する勢力がありましたが、善縄は学閥争いを避け、恬淡とした人柄で文章生が私邸を訪れても謝絶しました。慎重で飾り気がなく、自分の優れている点を誇示することもなかったとされています。陰陽道を信じ物忌みを頻繁に行いましたが、高位に昇ってからは簡略化したと言われています。晩年になっても聡明さを失わず、文章はますます美しくなりました。親族以外の訪問者は少なく、家はいつも静かだったそうです。

官歴と系譜

善縄は数々の官職を歴任し、その才能を発揮しました。常陸少目から始まり、文章得業生、少内記、大内記、東宮学士、周防権守、文章博士、但馬守、刑部大輔、右京大夫、参議、式部大輔、播磨権守、近江守、讃岐守などを歴任しました。春澄氏の系譜は、男子は五位に終わりましたが、娘の春澄洽子は掌侍・典侍として活躍し、従三位に昇りました。後世には、春澄喜縄、春澄花繁、春澄光能、春澄藤盛などの人物が確認されています。

春澄善縄は、学識と人柄の両面において優れており、平安時代初期の文化を支えた重要な人物の一人として歴史に名を残しています。

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