特設潜水母艦

特設潜水母艦：太平洋戦争における潜水艦支援の要

特設潜水母艦とは、大日本帝国海軍が太平洋戦争中に運用した、商船を徴用・改造した潜水母艦のことです。開戦時、日本海軍には十分な数の正規潜水母艦が存在せず、老朽化した迅鯨型潜水母艦2隻のみという状況でした。そこで、大型商船を改造した特設潜水母艦が、潜水艦部隊への補給・休養などの支援任務を担うことになったのです。

特設潜水母艦の役割と設備

特設潜水母艦は、潜水艦部隊にとって不可欠な存在でした。その主な役割は以下の通りです。

物資補給: 食糧、衣服、真水、重油、武器、弾薬、魚雷などを潜水艦に補給しました。特に魚雷は、潜水艦の生命線であり、「平安丸」では150本もの魚雷を格納し、39本の同時調整が可能でした。
乗員の休養: 長期間の潜航任務で疲弊した乗員に、休息場所を提供しました。当時の潜水艦には風呂がなかったため、入港時に母艦で入浴できたことは大きな慰めとなりました。
司令部機能: 潜水戦隊司令部を収容し、作戦指揮の中枢としての役割も担いました。
工作設備: 機械、木工、鋳物、電気の各工場を設置し、潜水艦の修理やメンテナンスを行いました。
艦載艇: 物資補給に必要な艦載艇を搭載していました。

これらの役割を果たすため、特設潜水母艦は大型の貨客船を改造し、広大な艦内スペースを確保していました。士官の個室、乗員の休息場所、糧食庫、冷蔵庫、被服需品庫などが設けられ、快適な環境を提供していました。

戦争の激化と特設潜水母艦の終焉

1940年から徴用が開始され、開戦時には5隻存在した特設潜水母艦でしたが、戦局の悪化とともにその役割は変化していきます。輸送船の不足から運送船へ転籍する艦が現れ、戦争後半には潜水艦が内地から直接出撃する機会が増加、潜水艦自体の消耗も激しくなり、潜水母艦の必要性は薄れていきました。そして、他の船舶同様に、特設潜水母艦も多くが戦没しました。7隻の特設潜水母艦のうち、終戦を迎えることができたのは、建造中に徴用され竣工した「筑紫丸」のみでした。

特設潜水母艦一覧

以下に、太平洋戦争で活躍した特設潜水母艦の一覧を示します。

靖国丸: 日本郵船所属。1940年12月16日徴用。1944年1月31日戦没。
名古屋丸: 南洋海運所属。1941年3月1日徴用。1942年4月10日、航空機運搬艦に変更。1944年1月1日戦没。
さんとす丸: 大阪商船所属。1941年3月1日徴用。1943年3月15日、運送船に変更。1944年11月25日戦没。
りおでじゃねろ丸: 大阪商船所属。1941年3月25日徴用。1943年9月15日、運送船に変更。1944年2月17日戦没。
平安丸: 日本郵船所属。1941年10月15日徴用。1944年2月18日戦没。
日枝丸: 日本郵船所属。1942年2月15日徴用。1943年10月1日、運送船に変更。1943年11月17日戦没。
筑紫丸: 大阪商船所属。1943年3月25日徴用。1945年1月10日、運送船に変更。1945年10月5日大阪商船に返還。

特設潜水母艦は、太平洋戦争における潜水艦作戦を支えた影の立役者でした。その存在があったからこそ、潜水艦部隊は長期間にわたる作戦行動を継続することができたのです。しかし、その多くは戦火に散り、その功績はあまり知られていません。本記事を通して、特設潜水母艦の役割と歴史に光を当てることができれば幸いです。


参考文献
雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第13巻 小艦艇I』（光人社、1990年） ISBN 4-7698-0463-6
福井静夫『海軍艦艇史 3 航空母艦、水上機母艦、水雷・潜水母艦』（KKベストセラーズ、1982年） ISBN 4-584-17023-1
槇幸『潜水艦気質よもやま物語』文庫版、（光人社、2004年） ISBN 4-7698-2036-4

関連項目
大日本帝国海軍艦艇一覧
潜水母艦
特設艦船

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