猿石

猿石（さるいし）

奈良県高市郡明日香村に位置する吉備姫王墓の敷地内に、独特の形状を持つ4体の石像がひっそりと佇んでいます。これらは「猿石」と呼ばれ、飛鳥地方に点在する数多くの石造物の中でも特に異彩を放つ存在として知られています。

概要と形態

猿石は、明日香村の梅山古墳（欽明天皇陵）の南西に位置する円墳、吉備姫王墓（檜隈墓）の墓域内に安置されています。合計4体の石像が確認でき、これらは南北方向に、いずれも西を向く形で配置されています。

その材質については、花崗岩とする文献も存在しますが、宮内庁による調査報告では石英閃緑岩であるとされています。

4体の像にはそれぞれ通称がつけられており、北から順に「女（女性）」「山王権現」「僧（法師）」「男（男性）」と呼ばれています。特に「僧」と呼ばれる像については、力士像である可能性も指摘されています。また、「僧」像を除く3体は、その背面にも顔が彫られているとされていますが、現在は墓域内に柵が設けられているため、現地で直接その状態を確認することは難しい状況です。

各像の大きさは以下の通りです。

女（女性）: 高さ最大110cm、幅最大50cm、奥行最大110cm
山王権現: 高さ最大131cm、幅最大96cm、奥行最大82cm
僧（法師）: 高さ最大114cm、幅最大74cm、奥行最大60cm
男（男性）: 高さ最大88cm、幅最大64cm、奥行最大38cm

起源と歴史的変遷

猿石の作造年代については、京都大学名誉教授であった考古学者の猪熊兼勝氏が、百済（現在の韓国）益山にある弥勒寺跡西石塔の四隅に置かれていた石人像との類似性を指摘し、百済からの工人の技術が用いられた可能性とともに、7世紀後半の作造であると推定しています。

猿石の存在が文献に初めて記されたのは、平安時代末期に成立したとされる『今昔物語集』巻31においてです。そこに「石ノ鬼形（いしのきぎょう）」として登場しており、この記述内容から、欽明天皇陵の周濠のほとりに存在していた可能性が示唆されています。

長い間地中に埋もれていたとみられる猿石が再び姿を現したのは、江戸時代の元禄15年（1702年）10月5日のことです。梅山古墳に近い現在の平田地区の田んぼ（坂合村大字平田字池田）から掘り出され、当初は古墳の南側に置かれていました。1791年（寛政3年）に刊行された『大和名所図会』にもこの発見について記されており、欽明天皇陵の堤の南側で掘り出され、陵中に移されたとされています。

その後、石像の置かれている場所は何度か変遷しました。江戸時代後期の安政4年（1857年）に記された谷森善臣の『藺笠のしづく』では、石像の位置は欽明天皇陵の南側の下段にあったことが分かります。さらに、文久2年（1862年）に欽明天皇陵が修陵された際の図面（成功図）では、猿石は吉備姫王墓よりも南に柵を設けて囲われている様子が描かれています。

最終的に現在の吉備姫王墓内に移されたのは、明治時代に入ってからのこととみられています。明治8年（1875年）10月27日付の教部省から奈良県への申し入れに関する文書に「吉備皇女御墓柵内」と記載されていることから、この頃までには現在の場所への移動が完了していたと考えられています。

所在地とアクセス

猿石は現在、奈良県高市郡明日香村大字平田1659番の1に位置する吉備姫王墓内にあります。公共交通機関を利用する場合、近鉄飛鳥駅から徒歩でおよそ10分程度でアクセス可能です。

関連情報

飛鳥資料館のレプリカ

奈良文化財研究所が運営する飛鳥資料館の庭には、猿石の精巧なレプリカが設置されています。ここでは、墓域の柵で見えにくい背面の顔の彫刻なども含め、猿石の姿をより詳細に観察することができます。

高取の猿石

明日香村の猿石を「平田の猿石」と呼ぶのに対し、同じ高市郡の高取山（高取町）の中腹にも「高取の猿石」と呼ばれる石像が存在します。像高は74cmです。地元の伝承では、これは平田の田んぼから掘り出された猿石群の一つが、高取城築城の際に運び去られたものだと語られています。しかし、これには否定的な学説もあり、議論が続いています。一方で、平田の猿石群の一つであったかどうかは不明であるものの、様式的に関連性があるとする説も存在します。

猿石は、その特異な形態、百済との技術的な関連性、そして数奇な発見・移設の歴史から、古代飛鳥の文化や信仰の一端をうかがい知る上で貴重な手がかりを与えてくれる存在です。その謎めいた姿は、現在も多くの人々を惹きつけてやみません。

関連事項: 飛鳥の石造物

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