王希天
王希天（おう きてん、1896年8月5日 - 1923年9月12日）は、満洲吉林省長春に生まれた中国人の社会運動家、そして宗教家です。鉱山主の家庭に育ち、キリスト教徒でした。
1917年頃、周恩来らと同じ時期に日本へ留学しました。当初は第一高等学校特設予科に入学し、寮では後の最高裁判所長官となる横田正俊と同室でした。1919年5月、中国で発生した五四運動に触発されて東京で行われたデモにおいて、指導者の一人として警察にその動向を監視されるようになります。同年9月には第八高等学校に進みますが、東京の中華メソジスト教会の牧師が帰国したため、1921年に再び上京し、同教会の代理牧師を務めることになります。
王希天は中華YMCAの幹事も兼務するなど、将来を嘱望される存在でした。特に、多くの中国人労働者が集まっていた東京府南葛飾郡大島町（現在の東京都江東区大島）において、在日中国人を支援するための組織「僑日共済会」を結成し、彼らの救済活動に尽力しました。また、救世軍の山室軍平や社会運動家としても知られる牧師の賀川豊彦とも親交があり、後の中国指導者となる周恩来や国民党の軍人である張学良とも知己であったと伝えられています。
彼の悲劇的な死は、1923年9月1日に発生した関東大震災の混乱の中で訪れました。震災後、早稲田の中国人留学生の自宅に避難していた王希天は、中国人に対する迫害や虐殺の噂を耳にし、9月9日、僑日共済会の様子を確認するために自転車で大島へ向かいました。その途中で憲兵隊の臨時派出所に立ち寄った際、不審人物として拘束されます。しかし、たまたまそこに居合わせた野戦重砲兵第1連隊の遠藤三郎大尉から、中国人を陸軍の習志野演習場へ護送する任務への協力を依頼され、9月11日まで護送業務を手伝いました。その後、解放されたにもかかわらず、改めて亀戸警察署に拘束されてしまいます。
当時の江東区一帯は工場が多く立ち並び、労働者が密集しており、もともと労働運動が活発な地域でした。加えて、出稼ぎの中国人労働者や日雇い労働者も多く暮らしていました。亀戸警察署や、戒厳令下で同地に出動していた野戦重砲兵第3旅団にとって、王希天は中国人労働者の権利向上に積極的に取り組む、看過できない存在でした。彼は中国人労働者たちをまとめうるリーダー格と見なされ、いつ彼らが団結して行動を起こすか分からない危険人物と認識されていたのです。この機に乗じて王希天を排除しようと画策した野戦重砲兵第3旅団が、亀戸警察署から彼の身柄を引き取るに至ります。当時、亀戸警察署とその管内では、軍部隊との連携あるいは依頼によるとみられる社会主義者や中国人労働者に対する大規模な虐殺事件が多数発生していました（これは「亀戸事件」として知られています）。田原洋や仁木ふみ子といった研究者は、中国人労働者と競合関係にあった日本人労働者の手配師や亀戸警察署が、軍部隊に王希天の排除を働きかけた可能性を指摘しています。さらに、王希天が管内で進行していた中国人大量虐殺についてどの程度知っていたかは不明ですが、彼がその事実を外部に告発することを亀戸警察署や軍部隊の関係者が恐れたのではないか、という説も存在します。
そして、1923年9月12日の未明、旧中川の逆井橋付近において、野戦重砲兵第1連隊の垣内中尉によって王希天は斬殺されました。遺体はそのまま遺棄されました。
王希天の殺害を知った陸軍の中枢部は、事件の隠蔽を図り、実行犯の処罰を回避しました。しかし、王希天が消息不明となった直後から彼の足取りを追っていた友人、王兆澄が10月に中国に帰国し、王希天殺害の疑惑が大々的に報じられたことで、事件は日中間の外交問題に発展します。
11月には、王正廷を団長とする中国人虐殺に関する調査団が来日しました。これらの虐殺事件について、日本政府や軍は組織的な隠蔽工作を進めました。王希天の件に関しては、事件を起こした部隊が所属する旅団の参謀格であった遠藤三郎が隠蔽の責任者となりました。当初、王希天は習志野に設置された検束者収容所に送られる予定だったとされましたが、実際には「教育を受けており危険性のない人物であったため、移送責任者が独断で釈放したところ、そのまま行方不明になった」という虚偽の筋書きが作られました。調査団に対して日本政府（外務省）もこの偽りの説明を続け、結果として事件の真相は有耶無耶にされてしまいました。
事件の真相が明らかになったのは戦後になってからです。事件の隠蔽に関わった遠藤三郎の証言や、戒厳令下で野戦重砲兵第3旅団に所属していた一等兵、久保野茂次が密かに記録していた軍隊日記によって、全貌が判明しました。久保野の日記には、王希天が殺害された後、顔や手足が切り刻まれ、着ていた服は焼き捨てられ、所持していた金銭や万年筆が奪われたという衝撃的な事実が記されていました。また、王希天が乗っていた自転車は、部隊内で「戦利品」と称して乗り回されていたという話も伝わっています。
王希天や中国人労働者虐殺の真相を長年調査していた仁木ふみ子は、王希天の死後70年が経過した1993年（inputでは1990年となっていますが、参考文献の出版年などから1993年がより正確と思われます）、ついに彼の息子を探し出し、長らく闇に閉ざされていた真相を親族に伝えることができました。
王希天は、1974年1月、中華人民共和国政府から「革命烈士」の称号を追贈され、その生涯と功績が顕彰されています。
1917年頃、周恩来らと同じ時期に日本へ留学しました。当初は第一高等学校特設予科に入学し、寮では後の最高裁判所長官となる横田正俊と同室でした。1919年5月、中国で発生した五四運動に触発されて東京で行われたデモにおいて、指導者の一人として警察にその動向を監視されるようになります。同年9月には第八高等学校に進みますが、東京の中華メソジスト教会の牧師が帰国したため、1921年に再び上京し、同教会の代理牧師を務めることになります。
王希天は中華YMCAの幹事も兼務するなど、将来を嘱望される存在でした。特に、多くの中国人労働者が集まっていた東京府南葛飾郡大島町（現在の東京都江東区大島）において、在日中国人を支援するための組織「僑日共済会」を結成し、彼らの救済活動に尽力しました。また、救世軍の山室軍平や社会運動家としても知られる牧師の賀川豊彦とも親交があり、後の中国指導者となる周恩来や国民党の軍人である張学良とも知己であったと伝えられています。
彼の悲劇的な死は、1923年9月1日に発生した関東大震災の混乱の中で訪れました。震災後、早稲田の中国人留学生の自宅に避難していた王希天は、中国人に対する迫害や虐殺の噂を耳にし、9月9日、僑日共済会の様子を確認するために自転車で大島へ向かいました。その途中で憲兵隊の臨時派出所に立ち寄った際、不審人物として拘束されます。しかし、たまたまそこに居合わせた野戦重砲兵第1連隊の遠藤三郎大尉から、中国人を陸軍の習志野演習場へ護送する任務への協力を依頼され、9月11日まで護送業務を手伝いました。その後、解放されたにもかかわらず、改めて亀戸警察署に拘束されてしまいます。
当時の江東区一帯は工場が多く立ち並び、労働者が密集しており、もともと労働運動が活発な地域でした。加えて、出稼ぎの中国人労働者や日雇い労働者も多く暮らしていました。亀戸警察署や、戒厳令下で同地に出動していた野戦重砲兵第3旅団にとって、王希天は中国人労働者の権利向上に積極的に取り組む、看過できない存在でした。彼は中国人労働者たちをまとめうるリーダー格と見なされ、いつ彼らが団結して行動を起こすか分からない危険人物と認識されていたのです。この機に乗じて王希天を排除しようと画策した野戦重砲兵第3旅団が、亀戸警察署から彼の身柄を引き取るに至ります。当時、亀戸警察署とその管内では、軍部隊との連携あるいは依頼によるとみられる社会主義者や中国人労働者に対する大規模な虐殺事件が多数発生していました（これは「亀戸事件」として知られています）。田原洋や仁木ふみ子といった研究者は、中国人労働者と競合関係にあった日本人労働者の手配師や亀戸警察署が、軍部隊に王希天の排除を働きかけた可能性を指摘しています。さらに、王希天が管内で進行していた中国人大量虐殺についてどの程度知っていたかは不明ですが、彼がその事実を外部に告発することを亀戸警察署や軍部隊の関係者が恐れたのではないか、という説も存在します。
そして、1923年9月12日の未明、旧中川の逆井橋付近において、野戦重砲兵第1連隊の垣内中尉によって王希天は斬殺されました。遺体はそのまま遺棄されました。
王希天の殺害を知った陸軍の中枢部は、事件の隠蔽を図り、実行犯の処罰を回避しました。しかし、王希天が消息不明となった直後から彼の足取りを追っていた友人、王兆澄が10月に中国に帰国し、王希天殺害の疑惑が大々的に報じられたことで、事件は日中間の外交問題に発展します。
11月には、王正廷を団長とする中国人虐殺に関する調査団が来日しました。これらの虐殺事件について、日本政府や軍は組織的な隠蔽工作を進めました。王希天の件に関しては、事件を起こした部隊が所属する旅団の参謀格であった遠藤三郎が隠蔽の責任者となりました。当初、王希天は習志野に設置された検束者収容所に送られる予定だったとされましたが、実際には「教育を受けており危険性のない人物であったため、移送責任者が独断で釈放したところ、そのまま行方不明になった」という虚偽の筋書きが作られました。調査団に対して日本政府（外務省）もこの偽りの説明を続け、結果として事件の真相は有耶無耶にされてしまいました。
事件の真相が明らかになったのは戦後になってからです。事件の隠蔽に関わった遠藤三郎の証言や、戒厳令下で野戦重砲兵第3旅団に所属していた一等兵、久保野茂次が密かに記録していた軍隊日記によって、全貌が判明しました。久保野の日記には、王希天が殺害された後、顔や手足が切り刻まれ、着ていた服は焼き捨てられ、所持していた金銭や万年筆が奪われたという衝撃的な事実が記されていました。また、王希天が乗っていた自転車は、部隊内で「戦利品」と称して乗り回されていたという話も伝わっています。
王希天や中国人労働者虐殺の真相を長年調査していた仁木ふみ子は、王希天の死後70年が経過した1993年（inputでは1990年となっていますが、参考文献の出版年などから1993年がより正確と思われます）、ついに彼の息子を探し出し、長らく闇に閉ざされていた真相を親族に伝えることができました。
王希天は、1974年1月、中華人民共和国政府から「革命烈士」の称号を追贈され、その生涯と功績が顕彰されています。
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