琵琶湖の水止めたろか

「琵琶湖の水止めたろか」というフレーズは、滋賀県民が使う、一種の決まり文句、ジョーク、あるいは捨て台詞として知られています。この言葉は、歴史的に琵琶湖や淀川水系の治水・水利をめぐる対立関係にあった京都や大阪の人々から、滋賀県民がからかわれたり、見下されたりした際に、対抗心を表すために用いられてきました。

琵琶湖の重要性とその背景

滋賀県の琵琶湖は、日本最大の湖であり、その面積は約670平方キロメートル、貯水量は約275億立方メートルにも及びます。琵琶湖から流れ出る水は、瀬田川、宇治川、淀川と名前を変えながら大阪湾へと注ぎ込みます。この水は、滋賀県だけでなく、近畿地方の約1450万人の人々の飲料水として、また農業用水や工業用水としても利用されています。

水を巡る対立

降水量が少ない時期には、滋賀県は水源を確保するために琵琶湖からの放水を制限したいと考えますが、大阪や京都は水不足を解消するために、より多くの放水を求めます。逆に、雨量が多い時期には、洪水を避けるために滋賀県は放水を望みますが、大阪や京都は川の増水や氾濫を恐れて放水を嫌がります。このように、琵琶湖の水を「流すか、流さないか」という問題は、古くから上流と下流の住民にとって重要な問題であり、現代に至るまで議論が続いています。

滋賀県のアイデンティティ

琵琶湖は、近畿地方に住む人々にとって欠かせない水源であるため、「近畿の水瓶」と呼ばれることもあります。しかし、滋賀県民にとっては、琵琶湖は単なる貯水池ではなく、自県の象徴としての意味合いが強く、1995年には当時の知事が「水瓶」という表現に不快感を示したこともありました。

1995年に行われた滋賀県、京都府、大阪府の住民を対象としたアンケート調査では、「琵琶湖が持つ価値」として「水道用水」を選んだ人の割合は、滋賀県では58％だったのに対し、2府では72％と差が見られました。また、「琵琶湖の将来に大切なもの」として、2府では「水資源の量の確保」が「水質の保全」を上回ったのに対し、滋賀県では「水質の保全」が「水資源の量の確保」を上回っており、意識の違いが明らかになっています。

瀬田川治水の歴史

「琵琶湖の水」を巡る上流と下流の対立は、非常に長い歴史を持っています。奈良時代には、僧侶の行基が治水のために瀬田川沿いの山を掘削しようとしましたが、下流の氾濫を恐れて計画は中止されました。江戸時代には、河村瑞賢による大普請や、天保の大普請などの浚渫工事が行われましたが、下流住民の反対もあり、工事は数回に留まりました。

明治時代に入ると、瀬田川鉄橋の橋脚が水流を阻害していると考えた滋賀県内の有志が橋脚撤去を求めましたが、退けられました。その後、瀬田川の浚渫を求める運動が起こると、下流の大阪府や京都府の住民がこれに反対しました。しかし、滋賀県知事が国に働きかけた結果、部分的な浚渫が実施され、その後も複数の治水工事が行われています。

琵琶湖の水資源利用

大阪では明治時代から淀川を水源とする本格的な給水が始まり、京都では琵琶湖疏水を通じて琵琶湖の水を生活用水として利用するようになりました。京都市は、水源の大部分を琵琶湖に頼っているため、滋賀県に対して毎年感謝金を支払っています。

高度経済成長期以降、水資源の需要が拡大した下流域は、琵琶湖への依存をさらに強めていきました。このような状況を受けて、琵琶湖総合開発事業においては、琵琶湖や上流域の福祉増進のために下流の住民が費用を負担するなど、上流への影響が考慮されるようになりました。

「琵琶湖の水止めたろか」の現実性

琵琶湖は河川法上、一級河川であり、国土交通省が管理しています。しかし、琵琶湖の湖水の出口である瀬田川洗堰は国土交通省が、琵琶湖疏水は京都市が管理しており、滋賀県が独断で「水を止める」ことはできません。

洗堰を長期間閉鎖すれば、琵琶湖の水を止めることは可能ですが、その場合、淀川の水量が大幅に減少し、下流域の水供給に深刻な影響が出ます。一方、琵琶湖周辺は水没し、深刻な被害を受けることになります。そのため、洗堰の全閉操作は原則として行われないことになっています。

洗堰の全閉操作は、滋賀県にとっては屈辱の歴史でもあります。過去には、記録的な大雨の際に、下流の住宅地を守るために全閉操作が行われ、滋賀県に大きな被害が出たこともありました。近年でも、台風による豪雨の際に洗堰が全閉され、滋賀県内の自治体首長や県議らが国に反発する事態となっています。

文化的な広がり

「琵琶湖の水止めたろか」というフレーズは、滋賀県出身のアーティストや作品にも登場し、滋賀県民のアイデンティティを象徴する言葉として、広く知られています。テレビ番組などでも取り上げられ、滋賀県民と大阪府民、京都府民の間のジョークとして、親しまれています。

このように、「琵琶湖の水止めたろか」という言葉は、単なるジョークであるだけでなく、琵琶湖を巡る水利問題の歴史や、滋賀県民の複雑な感情が込められた、奥深いフレーズと言えるでしょう。

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