田中長兵衛 (2代目)

二代目田中長兵衛：日本の鉄鋼業黎明期を支えた実業家

二代目田中長兵衛（1858年 - 1924年）は、明治から大正にかけて、釜石や台湾北部などで鉱山を経営し、日本の鉄鋼業の発展に大きく貢献した実業家です。彼は、国内初の安定稼働を実現した銑鋼一貫製鉄所を建設し、日本の近代化に重要な役割を果たしました。

生涯

製鉄業への挑戦

二代目長兵衛は、江戸の麻布飯倉で金物商を営む家に、長男として生まれました。父は後に薩摩藩との縁を得て米穀商となり、明治維新後には官省御用達商人として成功を収めます。安太郎は幼い頃から商業に従事し、横浜の英語塾で英語や数学を学びました。1878年には野村よきと結婚し、長男・長一郎をもうけました。

1880年、明治政府主導で釜石に官営製鉄所が設立されましたが、木炭不足や技術不足によりわずか2年で操業停止となり、1883年には廃山が決定しました。多くの事業者が設備の払い下げに興味を示す中、父・長兵衛は工部省から釜石鉱山の払い下げを打診されます。父は、国が失敗した事業を自分が成功させられるとは考えませんでしたが、安太郎は製鉄業の復興を志し、海軍技術官・大河平才蔵やその弟子・向井哲吉から製鉄の理論と実際を学びました。1883年秋には、大河平とともに中国地方の製鉄所を視察し、妹婿の横山久太郎とともに釜石での製鉄挑戦を父に進言しました。その結果、父から許可を得ることができました。

横山は現地の総責任者として技術者たちと共に試行錯誤を重ね、約2年後の1886年10月16日、49回目の挑戦にしてついに高炉での連続出銑に成功しました。

釜石鉱山田中製鉄所の発足

この成功を受けて、1887年、父・長兵衛は政府から釜石鉱山の設備一式を払い下げを受け、「釜石鉱山田中製鉄所」を設立し、国内唯一の洋式高炉による製鉄事業を開始しました。安太郎は東京の田中本店で父を助け、釜石製品の販売に尽力しました。1893年には顧問として東京帝大教授・野呂義景を、技師長として香村小録を招聘しました。

1895年の日清戦争終結後、台湾が日本領になると、安太郎は治安の悪い現地に赴き調査を行い、金瓜石鉱山の採掘権を取得しました。現地に「田中組」を組織し、小松仁三郎を所長として金の採掘にあたらせ、金瓜石鉱山は日本一の金産出量を誇るまでに成長しました。1906年には台湾中部で梅山地震が発生し、被災者への義援金として金一千円を送りました。

1901年に父が亡くなると、二代目・田中長兵衛として社長職を継ぎました。1902年には鉄管製造工場を、1903年には釜石製鉄所に製鋼工場を建設し、銑鋼一貫体制を確立するなど、積極的に事業を拡大しました。

その他の事業と社会貢献

釜石の輸送コストを下げるため、1904年には汽船「長久丸」を購入し、海運業にも進出しました。その後も船を増やし、1918年には9隻を所有するまでになりました。長兵衛は利益を事業拡大に充てたため、常に資金繰りに苦労していましたが、1910年の東日本大水害の際には、浅草区役所からの要請を受け、深川の精米所から米を送り被災者を支援するなど社会貢献も行いました。1911年には釜石鉱山鉄道を蒸気機関鉄道に改良し、1914年には大型貨物船「第五長久丸」を建造するなど、インフラ整備にも貢献しました。明治末期から大正初期にかけては、東京府の多額納税者として名を連ねています。

田中鉱山株式会社の設立と晩年

1917年、田中家の個人商店だった組織を株式会社化し、「田中鉱山株式会社」を設立しました。1918年には三田に新邸を構えましたが、この年、米騒動が発生すると、田中鉱山も内務省へ寄付を行っています。

1924年、関東大震災の影響で経営が悪化し、1,000万円の負債を抱えた田中鉱山は、釜石の経営権を三井鉱山に譲渡することになりました。二代目長兵衛は、同年3月9日、東京三田の邸宅で永眠しました。

逸話

長兵衛は社員を大切にし、社員の子弟の教育支援や、上京した社員への手厚いもてなしを行いました。その人柄から、田中家が釜石の事業を手放した後も、社員たちは「釜友会」を結成し、親睦を深めました。また、長身で堂々とした体躯の持ち主であり、弓道の腕前も師範レベルだったといわれています。

東京に港湾設備が整っていなかった時代には、艀賃の高騰に苦慮し、自ら船を東京に乗り入れることを決意しました。1917年に「第三長久丸」を芝浦に入港させたのが、東京の港に汽船が着いた第一号となりました。

二代目田中長兵衛は、日本の鉄鋼業の黎明期に多大な貢献をしただけでなく、社会貢献や社員を大切にする姿勢で、多くの人々に慕われた人物でした。

年表

1858年：麻布飯倉で生まれる
1878年：野村よきと結婚
1886年：釜石で連続出銑に成功
1887年：「釜石鉱山田中製鉄所」設立
1896年：台湾の金瓜石鉱山を取得
1901年：二代目を継ぐ
1903年：銑鋼一貫製鉄所となる
1917年：「田中鉱山株式会社」発足
* 1924年：死去

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