田村廿三郎

田村 廿三郎（たむら はたさぶろう）

1890年6月13日に生まれ、1961年1月6日にこの世を去った田村 廿三郎は、日本の内科医、小児科医、そして実業家として顕著な足跡を残しました。特に、家庭用浣腸薬の代名詞ともいえる「イチジク浣腸」の考案者であり、その製造販売を担うイチジク製薬の創業者として広く知られています。

新潟県中蒲原郡の西笠巻という地で、医師である田村篤司の三男として生を受けた廿三郎は、幼い頃から医療に触れる環境で育ちました。旧制新潟中学校を卒業後、医師を志して千葉医学専門学校（現在の千葉大学医学部）に進学。研鑽を積み、1918年に医学科を卒業しました。

医師としてのキャリアは、千葉県市川市にあった吉岡医院での勤務から始まりました。その後、1920年には東京府南葛飾郡（現在の東京都江戸川区）に自身の田村医院を開業。地域に根ざした内科医、小児科医として、昼夜を問わず患者のために奔走する日々を送りました。

開業医として多くの患者と向き合う中で、廿三郎が特に心を痛めたのは、便秘に苦しむ子供たちの姿でした。発熱やひきつけといった急な体調不良で往診に駆けつける子供たちの多くが、注射器を使った浣腸によって排便を促すと、症状が改善するケースが多いことに気づいたのです。「この苦しみを、もっと早く、もっと簡単に和らげてあげたい」という強い思いが、家庭で誰でも安全に使える浣腸薬の開発へと彼を駆り立てました。

「イチジク浣腸」開発への情熱

開発にあたり、廿三郎はユニークな発想を取り入れました。それは、往診時に患者宅の番犬を撃退するために使っていた、液体を噴射するスポイトの形状を浣腸容器に応用することでした。この着想を基に、試行錯誤が重ねられます。初期には素材としてセルロイドが使われましたが、これは硬く、衝撃で割れる欠点があったため、薬液の漏れを防ぐために皮膜を施すといった工夫が必要でした。

製品の重要な要素である挿入部にも、細心の注意が払われました。長すぎればデリケートな直腸粘膜を傷つける恐れがあり、短すぎれば薬液が目的の場所に届かないため、肛門から直腸までの適切な長さを追求しました。また、先端の穴の口径も、薬液が勢いよく出すぎたり、逆に少量しか出なかったりしないよう、最適な大きさに調整されました。

何よりも廿三郎が開発において最も心血を注いだのは、挿入部を極限まで滑らかに加工する技術でした。子供たちのデリケートな体に使うものだからこそ、少しでも痛みを与えないよう、表面の滑らかさを追求することに多くの時間と情熱を費やしました。このこだわりは、製品の安全性と使いやすさを飛躍的に高めることにつながりました。

そして1953年、開発から時を経て、普及が始まったポリエチレンを素材に採用したことで、セルロイドが抱えていた硬さや割れやすさといった欠点は解消され、より安全で使いやすい製品へと進化を遂げました。

実業家・社会活動家として

「イチジク印輕便浣腸」として結実したこの画期的な製品を、より多くの人々に届けるため、田村廿三郎は実業家としての手腕も発揮します。1926年には東京に合資会社東京軽便浣腸製造所を設立し、初代社長に就任。これが現在のイチジク製薬株式会社の礎となりました。

事業の傍ら、彼は地域社会や医療界への貢献も怠りませんでした。1936年には東京府医師会議員に選出され、医療行政にも関与。また、1940年には江戸川区会議員、1942年には江戸川区医師会会長を務めるなど、地元江戸川区の発展と医療体制の充実に尽力しました。

1939年頃にはイチジク製薬の会長となり、1950年頃からは相談役として会社の発展を見守りました。

田村廿三郎が考案した「イチジク浣腸」は、その簡便性と安全性から、多くの家庭で常備される家庭薬として広く普及しました。医師としての経験と、患者への深い思いやりから生まれたこの製品は、便秘に悩む人々の苦痛を和らげ、特に子供たちの健康を守る上で大きな役割を果たしました。

医師、実業家、そして社会活動家として多方面で活躍した田村廿三郎の生涯は、一人の人間の情熱と探求心が、多くの人々の生活にどれほど大きな恵みをもたらすのかを静かに物語っています。彼が遺した「イチジク浣腸」は、今もなお、多くの家庭の健康を支え続けています。

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