田辺清

田辺 清（たなべ きよし）

青森県青森市出身の田辺清は、日本のボクシング史において輝かしい実績と同時に、不運なアクシデントに見舞われたことで知られる元プロボクサーです。

アマチュアでの飛躍

1958年、田辺氏は青森工業高校でボクシングを始め、その才能はすぐに開花しました。高校時代に早くも国内の頂点に立つと、中央大学へと進学。大学では学業とアルバイトを両立させながら、競技に対して真摯に取り組み、アマチュアボクシング界における主要な国内タイトルを次々と獲得しました。

特筆すべきは、2年後輩にあたる1964年東京オリンピック金メダリストの桜井孝雄氏との関係です。公式戦では2度対戦し、いずれも田辺氏が勝利を収めています。特に、アマチュアキャリア最後の試合となった1962年の岡山国体では、階級を上げてバンタム級で出場し、同じくバンタム級で出場した桜井氏にポイント勝ちを収めています。この試合を含め、アマチュアでの通算戦績は120戦にも及びました。

ローマオリンピックの光と影

田辺氏のアマチュアキャリアのハイライトは、1960年のローマオリンピックです。フライ級の日本代表として出場した田辺氏は、世界の強豪が集まる中で見事な戦いを見せ、銅メダルを獲得しました。しかし、金メダル獲得を目指した準決勝では、その判定が物議を醸し、惜しくも決勝進出を逃すという不運に見舞われました。

プロへの転向と日本王座獲得

大学卒業後、一度は日刊スポーツに入社した田辺氏でしたが、プロボクサーとしての道を諦めきれず、わずか半年で退社。プロ転向を決意します。1963年12月4日、田辺ジム所属としてプロデビューを果たしました。プロのリングでも、その技術とパワーのバランスの取れた実力は遺憾なく発揮され、連勝を重ねます。

プロ14戦目となる1965年10月25日、日本フライ級王者だった滑川明石氏に挑戦。10回判定勝ちで悲願の日本王座を獲得しました。この王座は、その後2度にわたって防衛に成功し、日本国内での地位を確固たるものとしました。

世界王者への挑戦と悲劇

日本王者として活躍する傍ら、田辺氏のトレーナーには、1965年から約2年間、韓国初のプロボクシング世界王者となる金基洙氏を育てたボビー・リチャード氏が就いていました。リチャード氏が韓国へ渡った後、新たなトレーナーとの相性に悩む時期もありましたが、1967年2月からは、日本ボクシング史に名を刻む名トレーナー、エディ・タウンゼント氏との師弟関係が始まりました。

エディ氏の指導を受けて間もない1967年2月20日、当時の世界フライ級王者オラシオ・アカバリョ（アルゼンチン）とのノンタイトル戦が組まれます。強豪として知られ、後に海老原博幸氏や高山勝義氏も苦しめたアカバリョに対し、田辺氏は鮮やかな戦いぶりを見せ、6回TKOで勝利を収めました。

この勝利により、アカバリョが保持する世界王座への挑戦が決定。日本のボクシングファンは、田辺氏の悲願の世界王座奪取に大きな期待を寄せました。

しかし、栄光を目前にした田辺氏に、過酷な運命が待ち受けていました。世界戦を控えたある日、右目に網膜剥離を発症してしまうのです。約2年間に及ぶ手術と懸命な療養が試みられましたが、残念ながら視力を回復させることは叶いませんでした。アマチュア時代からプロに至るまで無敗の快進撃を続けていた田辺氏は、ついに世界王座に挑むことなく、そのキャリアに幕を下ろすことを余儀なくされました。田辺氏に代わってアカバリョの世界王座に挑戦したのは、元世界王者の海老原博幸氏でした。

エディ・タウンゼントとの絆

エディ・タウンゼント氏との師弟関係は、網膜剥離によってわずか20日間という非常に短い期間で終わってしまいましたが、その絆は深く刻まれました。田辺氏は後に、エディ氏との出会いを「一番の邂逅」と語り、難攻不落と言われたアカバリョに勝てたことへの深い感謝の念を述懐しています。

一方、数多くの世界チャンピオンを育て上げたエディ氏もまた、生前「一番かわいそうはタナベね」と度々語り、世界に手が届きかけた愛弟子の無念を思いやっていたといいます。

田辺清氏のボクシング人生は、ローマ五輪でのメダル獲得、日本王座獲得という輝かしい実績を残しながらも、オリンピックでの不運な判定、そして世界王座を目前にした網膜剥離という二度の大きな試練に見舞われたものでした。無敗のままリングを去るという悲劇的な幕切れは、日本のボクシング史において「もしも」を語る上で欠かせない、伝説的なキャリアとして語り継がれています。

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