田部文一郎

田部文一郎（たなべぶんいちろう、1907年 9月5日 - 2002年 2月7日）は、日本の実業家であり、三菱商事の社長・会長、日本商工会議所副会頭などを歴任しました。激動の時代を生き抜き、戦後の日本経済の発展に大きく貢献した人物として知られています。

生い立ちと初期のキャリア

広島県広島市に生まれた田部は、男六人兄弟の四番目という家庭環境でした。実家は燃料商を営んでおり、広島ガスや三菱商事とも取引があったことが、後の彼のキャリアに繋がる伏線となります。両親は息子たちに商売人としての道を望み、田部自身も幼い頃から商売の厳しさを体験しました。

しかし、子供の頃の集金経験から商売人への反発を覚え、兄弟の中でただ一人、広島県立一中（現・広島国泰寺高校）へ進学します。当時の広島一中は、軍人養成学校のようなスパルタ教育を行う学校でした。その後、両親の意向を受け、1924年に東京商科大学（現・一橋大学）予科へ進学し上京。関東大震災の翌年という、焼け野原が残る東京での生活を送ります。

1930年に大学を卒業後、海外勤務を希望し三菱商事を受験。世界的な就職難の時代でしたが、縁故と陸上部での実績、そして優秀な成績が評価され、三菱商事に入社を果たします。希望通り機械部に配属され、早くもこの頃から「将来は社長になる」と周囲に語っていたそうです。

入社後半年で、第一次世界大戦後のドイツが日本に支払う賠償債権の請求業務を担当。猛勉強の末、大蔵省の役人に対し為替変動の仕組みを講義するほどになりました。その後、台湾・高雄支店、大阪機械支店を経て、1938年にはニューヨーク支店へ転勤。

ニューヨーク時代と戦争

ニューヨーク支店では、当時皆無だった日本からアメリカへの機械輸出に奔走。アメリカの鉱山地帯を巡り、採掘機械を大量に買い付け、満州関係の業者に販売しました。また、日産自動車の技術者育成を支援したり、八幡製鐵所など製鉄技術者のアメリカ視察をサポートするなど、多岐にわたる活動を展開します。

1941年12月の真珠湾攻撃により、帰国困難となり、ロングアイランド・エリス島の強制収容所に送られます。5ヶ月間の収容所生活の後、捕虜交換船で帰国。帰国後は、陸軍省、海軍省の連絡係・南方課に勤務します。

1945年、ロケット弾開発のための陸海共同工場建設に伴い、満州勤務を命じられます。広島の実家は原爆で壊滅。ソ連の侵攻、関東軍の撤退、中国内戦など混乱の中、家族と満州各地を転々としながら終戦を迎えます。零下30度の極寒の中、死と隣り合わせの日々を過ごし、1946年秋にようやく帰国を果たしました。

戦後の復興と三菱商事

GHQ向けの機械・備品調達で実績を上げ、1947年には財閥解体に伴い、部下100人を率いて新会社「新日本通商」を設立。ニューヨーク勤務の経験を生かし、アメリカの取引先との代理権契約を次々と成功させます。八幡製鐵所戸畑工場向けの機械設備契約では、当時の価格で1000万ドルという巨額の契約を結びました。

1954年、旧三菱商事、不二商事、東京貿易と田部の東西交易が合併し、三菱商事大合同が実現。当初、田部は取締役に選ばれませんでしたが、その悔しさをバネに猛烈に働き、会社の売上げの半分を占めるほどの高い実績を挙げます。

1957年には米国三菱商事社長に就任。アメリカ各地、メキシコ、キューバ、コロンビアなどに支店を拡げ、アメリカの銀行から資金を調達し、穀類や機械などを日本に輸出しました。当時、アメリカでは日本車が全く売れていませんでしたが、日産自動車の販売にも尽力します。1960年、最年少で常務取締役、1969年専務、1971年副社長を経て、1974年に念願の三菱商事社長に就任しました。

三菱商事社長として

社長就任後、第一次オイルショックによる経済危機に対し「非常事態宣言」を発令し、社内改革を断行。武器輸出の検討を提唱するなど、大胆な経営手腕を発揮しました。ロッキード事件や永大産業、興人、VANジャケットなどの倒産による不良債権処理にも尽力し、経営基盤を安定化させました。

1980年に会長、1986年に相談役、1998年に特別顧問を退任。日本商工会議所副会頭、輸入会議会長、三菱財団理事長、社団法人如水会理事長など数多くの要職を歴任しました。

受賞と著書

1970年に輸出振興の功により総理大臣表彰、1971年に藍綬褒章、1982年に勲一等瑞宝章を受章。1984年に発売した自著「幾山河」はベストセラーとなりました。

2002年、94歳で死去。戦後日本の高度経済成長を支えた経済人として、その功績は今も語り継がれています。

著書

* 『幾山河』実業之日本社、1984年

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