癸酉の変

癸酉の変：紫禁城を揺るがした天理教徒の反乱

19世紀前半、清朝を揺るがす大規模な宗教反乱「癸酉の変」が発生しました。これは、白蓮教の一派である天理教の信徒たちが、既存の支配体制に異を唱え、立ち上がった反乱事件です。日本では「天理教徒の乱」とも呼ばれており、その激しさと影響の大きさから、歴史に深く刻まれています。

癸酉の変の概要

癸酉の変は、天理教の指導者である林清と李文成を中心に勃発しました。彼らは、白蓮教の教義を受け継ぎつつ、至福千年思想を信奉し、清朝の打倒を目指しました。反乱は、直隷省、山東省、河南省といった広範囲に及び、1813年には紫禁城への襲撃という、前代未聞の事態を引き起こしました。

反乱の背景には、当時の社会不安がありました。干ばつや洪水による飢饉、小麦の高騰といった状況が、民衆の不満を高めていたのです。天理教は、こうした社会不安を背景に急速に勢力を拡大しました。そして、1812年、李文成が「真の明の王」であると宣言されたことで、反乱への機運は一気に高まりました。

紫禁城襲撃事件は、この反乱のハイライトと言えます。反乱軍は、紫禁城に侵入し、皇宮を一時的に占拠しました。この時、皇子であった綿寧（後の道光帝）が、禁制のマスケット銃を使用して反乱軍を撃退するという、歴史的な出来事が起こりました。

反乱の歴史

反乱前史

1811年、空に現れた彗星が、林清と李文成に転覆のインスピレーションを与えたとされます。北京では、この彗星を王朝の繁栄を示すものと解釈しましたが、彼らはこれを「自分たちの企図を祝福する吉兆」と捉えました。そして、信者を八つの集団（八卦）に分け、反乱成功後の分け前を約束することで、資金を集めました。この時、「李文成が蜂起を果たしたならば、資金や糧食を提供した者全てに土地や役職を与える」という約束がなされました。

1813年7月、天理教の主要な指導者たちは、反乱の日時を決定するための会合を開きました。干ばつや洪水、そして小麦の価格高騰に苦しむ人々を背景に、彼らは9月15日を反乱の決行日としました。この日は、収穫の直後であるだけでなく、嘉慶帝が熱河行幸のため北京を離れており、紫禁城の警備が手薄になるだろうと予想されたからです。計画では、嘉慶帝が北京に戻ってきたところで、宮城の外で襲撃し暗殺することになっていました。

しかし、河南省滑県の当局者が反乱の噂を耳にし、9月2日に李文成を逮捕しました。李文成は拷問を受けましたが、信者たちが滑県の県城を襲撃し、彼を解放しました。この事件は、反乱の日付を前倒しさせることとなり、9月6日には反乱部隊は武器を集め始めていました。

紫禁城襲撃

林清は、紫禁城攻撃を指揮しましたが、自身は襲撃には参加しませんでした。彼は、数名の宦官を買収し、約250名の信者を城内に侵入させることに成功しました。反乱軍は、頭部と腰に白い布を巻いて目印とし、ナイフと鉄棒で武装していました。彼らは、正午に衛兵が食事をしている隙に紫禁城への門を通過する計画でした。嘉慶帝は当時、城外に滞在しており、警備は手薄でした。

この計画は部分的に成功し、約80名の反乱軍が城内に侵入しました。しかし、反乱軍が城内にいることに気づいた満州族が反撃を開始し、戦闘が勃発しました。この時、皇子であった綿寧は、マスケット銃を使用し、反乱兵を負傷させ、1名を殺害しました。

反乱の結果

不意打ちの効果が薄れるにつれて、反乱軍は退却を始めました。儀親王永璇の指揮のもと、成親王永瑆や郡王綿志、そして皇子綿寧らが反乱軍の追討を行いました。林清は9月26日に凌遅刑に処されました。

一方、李文成は4000名の支援者とともに輝県に籠城しましたが、清軍に包囲され、焼身自殺を遂げました。彼の妻である張氏は、滑県を拠点に抵抗を続けましたが、翌年に県城が陥落するとともに自縊しました。

紫禁城の戦いでは、合計31名の反乱軍が殺され、44名が捕えられました。しかし、戦闘終了までに、反乱軍は宮殿で100名を超える者を殺傷しました。政府が反乱を鎮圧するまでに、2万人以上の天理教徒が殺されたとされています。

癸酉の変がもたらした影響

癸酉の変は、清朝の支配体制に大きな衝撃を与えました。紫禁城への襲撃という前代未聞の事態は、清朝の権威を大きく揺るがしました。この反乱を鎮圧するために、多大な犠牲を払うことになった清朝は、その支配能力の低下を露呈しました。また、この反乱をきっかけに、清朝は宗教結社に対する取り締まりを強化することになりました。癸酉の変は、その後の清朝の衰退を加速させる一因となったと言えるでしょう。

まとめ

癸酉の変は、単なる宗教反乱ではなく、当時の社会不安や清朝の支配に対する不満が噴出した事件でした。この反乱は、清朝の歴史において重要な転換点となり、その後の清朝の衰退を象徴する出来事として、歴史に深く刻まれています。