白帝城

白帝城（はくていじょう）

白帝城は、中華人民共和国の重慶市奉節県に所在する歴史的な地名です。壮大な長江が流れる三峡地帯の一部に位置し、古くから交通の要衝、そして軍事的な拠点として重要な役割を担ってきました。別名として、永安宮（えいあんきゅう）とも呼ばれています。その名の由来は、紀元1世紀初頭、新末後漢初の動乱期にこの地に城を築いた群雄、公孫述（こうそんじゅつ）に遡ります。彼は自らを「白帝」と称し、築城したこの場所を白帝城と名付けたと伝えられています。

歴史の舞台

白帝城が歴史上で最も広く知られるようになったのは、三国時代の出来事を通じてでしょう。蜀（蜀漢）の建国者である劉備玄徳（りゅうび げんとく）は、宿敵である呉との間で繰り広げられた大規模な会戦、夷陵（いりょう）の戦いで壊滅的な敗北を喫し、失意のうちにこの白帝城へと逃れました。病に伏した劉備は、自身の死期が迫っていることを悟り、蜀の将来と幼い息子の行く末を託すため、腹心である丞相の諸葛亮孔明（しょかつ りょう こうめい）を白帝城に呼び寄せます。ここで劉備は、後世に「白帝城での託孤（たっこ）」として語り継がれる有名な場面を残し、波乱に満ちたその生涯を終えました。

小説『三国志演義』においては、白帝城はさらに劇的な舞台となります。夷陵の戦いで劉備軍を破った呉の大将陸遜（りくそん）は、勢いに乗って敗走する劉備を追撃し、白帝城に迫ります。しかし、劉備が撤退する際に、軍師である諸葛亮が予めこの地に布設しておいたとされる「石兵八陣（せきへいはちじん）」と呼ばれる陣形に迷い込み、脱出できなくなってしまいます。幸いにも、諸葛亮の親族の助けにより脱出できたという筋書きは、諸葛亮の並外れた智略を示すエピソードとして、多くの読者に強い印象を与えています。

時代が下り、唐代になると、白帝城はその雄大な景観が多くの詩人を魅了しました。中でも、中国詩史において不動の地位を占める詩人、李白（りはく）は、この地を訪れて不朽の名作『早発白帝城（そうはつはくていじょう）』を詠みました。「朝に白帝を辞す彩雲の間、千里の江陵一日にして還る」と始まるこの七言絶句は、白帝城からの迅速かつ軽快な舟旅を描き、当時の長江の水運の様子を偲ばせるだけでなく、白帝城の名を中国全土に広める大きな役割を果たしました。

現代の白帝城

現代において、白帝城はその景観に大きな変化が見られました。2006年、中国の国家的な大規模プロジェクトである三峡ダムの完成に伴う水位上昇により、かつて長江を見下ろす丘の上に位置していた白帝城は、周囲が水に囲まれた「島」のような地形へと変化しました。現在は、本土から橋を渡ってアクセスする形態となっています。

歴史的、文化的に極めて価値が高いと認められ、白帝城は2006年に中華人民共和国の全国重点文物保護単位に指定されました。さらに、2022年には中国国内の観光地として最高ランクにあたる5A級観光地に認定され、歴史ファンのみならず、多くの観光客が国内外から訪れる人気の景勝地となっています。城塞としての往時の面影は薄れましたが、劉備らを祀る明良殿などが整備され、歴史の舞台としての雰囲気を今に伝えています。

関連事項

白帝城は、遠く離れた日本の歴史にもその名が影響を与えています。愛知県犬山市に位置する国宝犬山城は、その別称を「白帝城」といいます。これは、江戸時代の著名な儒学者であり詩人でもあった荻生徂徠（おぎゅう そらい）が、木曽川を見下ろす犬山城の立地が、李白の詩に詠まれた長江沿いの白帝城を彷彿とさせるとして名付けたという説が有力です。このように、白帝城は国境を越えてその存在を知られています。

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