白洲正子

白洲正子：日本の美を追求した稀代の随筆家

白洲正子は、1910年（明治43年）1月7日、実業家・政治家であった樺山愛輔と常子の次女として東京に生まれました。祖父は海軍大将の樺山資紀、母方の祖父も海軍大将の川村純義という華族の家に育ち、幼少期から能を習うなど、豊かな環境の中で過ごしました。14歳で渡米し、ハートリッジ・スクールで学び、その後、聖心語学校に通学しますが中退。

1929年、実業家で外交官としても活躍した白洲次郎と結婚します。結婚後、東京郊外の鶴川村に移り住み、古民家で生活を始めました。この頃から、細川護立氏に古美術の手ほどきを受け、日本の伝統文化や美術に深く関わっていくことになります。

白洲正子は、その類まれな審美眼と、緻密で洗練された文章で知られる随筆家として活躍しました。能楽への深い造詣を生かした作品や、日本の古寺や風景、そして人々の生活など、幅広いテーマを扱った数々の随筆を発表。その作品には、日本文化への深い愛情と、鋭い観察眼が感じられます。

代表的な作品として、『能面』（1963年）、『かくれ里』（1971年）、『西行』（1988年）、『夢幻抄』（1997年）などがあります。特に『能面』は、日本の伝統芸能である能面を独自の視点で深く掘り下げた名著として高く評価され、1964年には第15回読売文学賞を受賞。さらに1973年には『かくれ里』で第24回読売文学賞を受賞するなど、文壇においても高い地位を築きました。

白洲正子は、精力的に活動し、「韋駄天お正」というあだ名で呼ばれるほどでした。多岐にわたる交友関係も持ち、梅原龍三郎、秦秀雄、細川護熙、河合隼雄、多田富雄といった各界の著名人と交流しました。能楽師の友枝喜久夫の自宅での仕舞の会を開くなど、文化人としての活動も盛んでした。また、骨董収集家としても知られ、そのコレクションは、武者小路公種の百人一首など、数々の名品を揃えていました。

白洲正子の著作は、単著のみならず、対談集や共著も数多く存在します。彼女自身の経験や知見、そして深い洞察に基づいた作品群は、後世の研究者や文化愛好家にも多大な影響を与え続けています。

彼女の著作の特徴として、論理的な展開よりも、直感的な解釈や独自の視点が重視されている点が挙げられます。厳密な学術的な記述とは異なる、評論家としての自由なスタイルが、白洲正子独自の作風を形作っています。この曖昧さを含んだ表現は、彼女の作品の魅力の一つと言えるでしょう。

白洲正子は1998年（平成10年）、肺炎のため88歳で死去しました。夫の白洲次郎と共に、兵庫県三田市の心月院に眠っています。その生涯は、華族の家に生まれながらも、時代の変化を乗り越え、自らの審美眼と表現力で日本の文化を深く探求した、まさに「稀代の随筆家」と呼ぶにふさわしいものでした。彼女の作品は、現代においても、日本の伝統文化や美意識を理解する上で、貴重な指針となっています。

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