多田富雄

多田富雄（1934年 3月31日 - 2010年 4月21日）は、日本の免疫学者であり、同時に文筆家としても知られています。東京大学の名誉教授であり、妻は医師の多田式江、大叔父に詩人の多田不二がいます。

学問と芸術への情熱

免疫学と分子生物学を専門とし、免疫機構の解明に多大な貢献をしました。その一方で、随筆の執筆や医療・科学をテーマにした新作能の創作にも取り組みました。彼の著書には、『免疫の意味論』(1993年)、『生命の意味論』(1997年)、『独酌余滴』(1999年)などがあり、科学的な視点と文学的な感性が融合した独特の世界観が特徴です。

生い立ちと学歴

茨城県結城市出身で、旧制茨城県立水海道中学校、茨城県立結城第二高等学校を経て、千葉大学医学部に進学しました。在学中には、同人雑誌『purete』に詩などを寄稿するなど、文学的な才能も早くから開花させていました。

研究者としてのキャリア

千葉大学医学部第二病理学教室に勤務し、1964年に医学博士号を取得。その後、千葉大学の教授を経て、1977年に東京大学医学部の教授に就任しました。1995年に定年退官後は、東京理科大学生命科学研究所の所長を務めました。

免疫学における貢献

1971年には、「免疫応答を抑制するT細胞」として、抑制（サプレッサー）T細胞の存在を提唱し、免疫学の分野で高い評価を得ました。ただし、サプレッサーT細胞の存在は後のゲノム解析で否定され、坂口志文によって発見された制御性T細胞に取って代わられています。

能の作者としての活動

多田は、能の作者としても知られ、自ら小鼓を打つこともありました。彼の謡曲作品には、脳死の人を主題にした『無明の井』、朝鮮半島から強制連行された人々をテーマにした『望恨歌』、アインシュタインの相対性理論をテーマにした『一石仙人』、広島の被爆をテーマにした『原爆忌』などがあります。これらの作品は、科学的な知識と社会的な問題意識が融合したもので、彼の多才さを象徴しています。

晩年の闘病と社会活動

2001年 5月2日、滞在先の金沢で脳梗塞を発症し、一命は取り留めたものの、声を失い、右半身不随となりました。しかし、執筆意欲は衰えることなく、著作活動を続けました。晩年まで東京都文京区湯島に在住し、2006年4月に厚生労働省が導入した「リハビリ日数期限」制度を、自身の経験を踏まえて厳しく批判しました。彼は、この制度を「リハビリ患者を見捨てて寝たきりにする制度であり、平和な社会の否定である」と非難し、反対運動を行いました。2007年には、その闘いをまとめた著書『わたしのリハビリ闘争最弱者の生存権は守られたか』を刊行しました。

その他の活動

2007年には、多くの知識人と共に「自然科学とリベラル・アーツを統合する会」を設立し、代表を務めました。彼の活動は、科学と人文科学の融合を目指すものであり、幅広い分野にわたる知的な関心を示しています。

死去

2010年 4月21日、前立腺癌による癌性胸膜炎のため死去しました。享年76歳。彼の死後も、多くの関連著作が出版され、その業績は広く知られています。

受賞歴

多田は、その業績により、野口英世記念医学賞（1976年）、エミール・フォン・ベーリング賞（1980年）、朝日賞（1981年）、持田記念学術賞（1987年）など数々の賞を受賞しました。また、1984年には文化功労者に選出され、2009年には瑞宝重光章を受勲しました。

文筆家としての評価

文筆家としても高い評価を得ており、『免疫の意味論』で大佛次郎賞、『独酌余滴』で日本エッセイスト・クラブ賞、『寡黙なる巨人』で小林秀雄賞を受賞しています。これらの受賞は、彼の文学的な才能を物語っています。

著書リスト

以下は、多田富雄の主な著書の一部です。

『イタリアの旅から-科学者による美術紀行』（誠信書房、1992）
『免疫の意味論』（青土社、1993）
『ビルマの鳥の木』（日本経済新聞社、1995）
『生命の意味論』（新潮社、1997）
『独酌余滴』（朝日新聞社、1999）
『私のガラクタ美術館』（朝日新聞社、2000）
『免疫の「自己」と「非自己」の科学』（日本放送出版協会、2001）
『脳の中の能舞台』（新潮社、2001）
『懐かしい日々の想い』（朝日新聞社、2002）
『寡黙なる巨人』（集英社、2007）
『わたしのリハビリ闘争』（青土社、2007）
『落葉隻語ことばのかたみ』（青土社、2010）
『残夢整理昭和の青春』（新潮社、2010）
『寛容のメッセージ』（青土社、2013）