白痴 (ドストエフスキー)

『白痴』は、フョードル・ドストエフスキーが1868年に発表した長編小説で、彼の後期五大長編の一つに数えられます。主人公のムイシュキン公爵は、てんかんを患いスイスで療養生活を送っていましたが、ロシアに帰国し、様々な人々との出会いを通じて物語が展開します。

本作のタイトル『白痴』には、二重の意味が込められています。一つは、ムイシュキン公爵が文字通り知能が低いという点、もう一つは、彼が世間知らずで純粋すぎるという点です。しかし、ドストエフスキーは、ムイシュキン公爵を単なる「白痴」としてではなく、誰からも好かれる、文句なしの善人として描きました。この善良さが、当時のロシア社会に波紋を投げかけ、物語に複雑な人間関係と悲劇的な結末をもたらします。

物語は、ムイシュキン公爵がロシアへ帰国する列車の中で、パルヒョン・ロゴージンと出会う場面から始まります。ロゴージンは、ナスターシャ・フィリッポヴナという女性に熱を上げており、この出会いが後の三角関係の伏線となります。ムイシュキンは、エパンチン将軍一家と知り合い、将軍の秘書であるガーニャが、金のためにナスターシャと結婚しようとしていることを知ります。一方、ナスターシャは、過去の経験から世間から悪い評判を受けていますが、実は誇り高い女性でした。ムイシュキンは、ナスターシャに共感し求婚しますが、彼女はロゴージンの元へ走ります。

物語は、ムイシュキン、ナスターシャ、ロゴージンの三者を中心に展開していきます。ロゴージンは、ムイシュキンを殺そうとしますが、失敗に終わります。その後、将軍の娘アグラーヤもムイシュキンに思いを寄せ、複雑な恋愛関係が絡み合います。最終的に、ナスターシャはムイシュキンと結婚することになりますが、結婚式当日にロゴージンと逃避行し、彼によって殺されてしまいます。ムイシュキンは、事件後、再び白痴の状態に戻り、ロゴージンはシベリアに送られます。アグラーヤは自暴自棄になり、望まない結婚を急ぎ、物語は幕を閉じます。

登場人物の中では、ムイシュキン公爵が最も重要な役割を担っています。彼は純粋で善良な心の持ち主であり、周囲の人々に影響を与えます。ナスターシャは、美貌と複雑な過去を持つ悲劇のヒロインであり、ロゴージンは、情熱的で衝動的な性格の持ち主として描かれています。アグラーヤは、美しくプライドの高い女性として、物語に華を添えています。

『白痴』のテーマは、善と悪、愛と欲望、そして人間の内面に潜む矛盾です。ドストエフスキーは、ムイシュキン公爵を通して、キリストのような純粋な存在が、当時のロシア社会にどのように受け止められるかを描こうとしました。また、ムイシュキンとロゴージンの対比を通じて、人間の光と闇、善と悪の二面性を表現しています。さらに、ナスターシャを巡る三角関係は、愛という感情が持つ多面性と、人間の欲望の深さを描いています。

本作は、多くの日本語訳が存在し、亀山郁夫訳、木村浩訳、望月哲男訳、米川正夫訳などが広く読まれています。また、黒澤明監督による映画化作品など、映像作品も多く存在し、様々な角度から『白痴』の世界を楽しむことができます。

『白痴』は、人間とは何か、愛とは何かを深く考えさせる作品であり、ドストエフスキー文学の魅力を余すところなく伝えています。

もう一度検索