盧俊義
『水滸伝』は中国四大奇書の一つに数えられる壮大な物語ですが、この中に登場する好漢の一人に盧俊義（ろ しゅんぎ）がいます。彼は梁山泊で宋江に次ぐ第二位の序列を占める重要な人物であり、その正体は天罡星の生まれ変わりとされます。
その並外れた風采、品格、そして気品から、「玉麒麟」という渾名で呼ばれました。物語に登場する以前は、北宋の都である北京の大商人として莫大な富を築き、「盧員外」と敬称されるほどの地位にありました。彼の右腕として信頼していたのは、後に梁山泊でも活躍する燕青です。武芸においては特に棍法（棒術や杖術）に秀でており、点鋼槍や朴刀といった武器も自在に操り、「河北の三絶」と称されるほどの武術の達人として知られていました。梁山泊加入後は、宋江率いる本隊に対し、しばしば別働隊の指揮官として重要な役割を担います。
しかし、物語における盧俊義の登場は、六十一回と比較的大分遅いタイミングでした。特に、中国で広く読まれた七十回本においては、彼の活躍はあまり目立つものではなく、物語は彼が能力を発揮しきる前に終わってしまうという側面があります。また、物語中で「人品に優れる」と説明される一方で、作中での彼の描写は自己中心的で融通の利かない頑迷さが目につくという、複雑な人物像が描かれています。有名な批評家である金聖嘆は、彼を「愚かな金持ちとして見事に描かれている」と評したことからも、そのキャラクターの多面性がうかがえます。
物語の展開において、盧俊義の運命は梁山泊との関わりによって大きく動き出します。当時の梁山泊の首領であった晁蓋が戦死した後、後継者である宋江は、組織をさらに強固にするために頼れる人物を求めていました。その対象となったのが、北京に名高い玉麒麟、盧俊義がいることを知った宋江でした。宋江は軍師である呉用に、盧俊義を梁山泊へ引き入れるための策を命じます。
呉用は易者に変装し、北京にある盧俊義の屋敷に巧妙に入り込みました。そこで呉用は、東南（梁山泊の方向）へ旅に出るのが吉であるという偽りの易断を告げます。この予言を信じた盧俊義は、妻の賈氏や腹心の燕青を屋敷に残し、番頭の李固を伴って旅に出発しました。これが、呉用の周到な策略だったのです。
梁山泊の近くに誘い込まれた盧俊義は、そこで盗賊に捕らえられます。しかし、これは彼を梁山泊へ招くための偽装でした。梁山泊に連れてこられた盧俊義は、首領である宋江から盛大な宴で歓迎され、さらに首領の座を譲られようとします。盧俊義はさすがに首領の座を固辞しましたが、梁山泊の好漢たちと意気投合し、連夜の歓待を受けました。しかし、あまりに旅が長引くことを心配し、李固を先に北京へ帰らせた後も、盧俊義自身は梁山泊に約五十日間も滞在することになります。
ついに梁山泊を辞して北京に戻った盧俊義を待っていたのは、衝撃的な現実でした。屋敷に残してきたはずの燕青が、浮浪者のような姿で現れ、先に帰った李固が、留守を預かる間に盧俊義の妻である賈氏と密通し、共謀して盧俊義の全財産と店を乗っ取ってしまったと告げます。あまりに荒唐無稽な話に、盧俊義は初め笑って信じようとしませんでした。しかし、そのまま自宅へ帰ると、燕青の言葉が真実であることを思い知らされます。
さらに李固と賈氏は、盧俊義が梁山泊の賊と通じたという罪を着せて彼を役所に突き出しました。盧俊義は逮捕され、流刑に処せられることが決まります。李固は手を緩めず、死刑執行役人の蔡福や護送役人に賄賂を贈り、護送中に盧俊義を殺害するよう依頼します。護送の途中、燕青が間一髪で盧俊義を助け出しますが、盧俊義はすぐに再び捕らえられ、北京に戻されてしまいます。今度はより重い死罪の判決が下されました。
処刑場において、梁山泊から派遣された石秀が盧俊義の救出を試みますが、これも失敗し、石秀もろとも牢屋に監禁されてしまいます。事態を重く見た梁山泊は、三度にもわたる北京攻略軍を派遣し、ついに盧俊義を救出しました。自身を裏切った李固と妻の賈氏も梁山泊によって捕らえられましたが、その始末は梁山泊の好漢たちに委ね、盧俊義は燕青と共に梁山泊へと身を寄せました。
梁山泊に加わった後、盧俊義は大きな手柄を立てます。かつての首領である晁蓋は、死に際して自身の仇である曾頭市の史文恭を討った者を次の首領とする、という遺言を残していました。盧俊義はこの史文恭を見事に討ち取り、晁蓋の仇を討ったことで、再び宋江から首領の座を譲られることになります。しかし、盧俊義は固くこれを辞退しました。二人の間で首領の座の譲り合いが続いたため、最終的に東平府と東昌府を攻略し、先に落とした方を首領とすることで決着をつけることになりました。
この攻略戦において、盧俊義は呉用や公孫勝といった軍師を従え、東昌府の攻略を担当します。しかし、敵将である張清の猛攻に苦戦し、なかなか攻略を進めることができませんでした。一方、宋江は東平府を先に攻略し、その後盧俊義の許に合流してようやく東昌府は陥落します。こうして、宋江を正式な首領とし、盧俊義をその副首領とする梁山泊の新たな体制が確立されたのです。
百回本や百二十回本といった後期の版では、梁山泊は朝廷への帰順を果たし、その後は宋朝に反抗する各地の勢力を討伐する戦いに加わります。盧俊義は梁山泊軍の副将として、多くの戦で諸将を率い、目覚ましい活躍を見せます。しかし、多大な犠牲を伴った方臘征伐を終え、首都である東京へ帰還する途中、腹心の燕青が突然、盧俊義に暇乞いをしました。
これから朝廷からの恩賞がもらえる時期になぜかと訝しむ盧俊義に対し、燕青は用済みとなった梁山泊軍団の行く末を案じ、元の主人である盧俊義にも身を引くよう忠告します。しかし、盧俊義は燕青の言葉に耳を傾けませんでした。彼は廬州安撫使・兵馬副総監という高い官職に任命され、意気揚々と任地へ赴任します。しかし、燕青の予感は的中しました。
赴任後、盧俊義は謀叛の疑いをかけられます。皇帝臨席の昼食に招かれた際、出された食事に密かに水銀を盛られていたのです。任地へ帰還する途中、水銀中毒による激しい腰の痛みに耐えきれず、乗っていた船から淮河へ転落し、そのまま溺死するという悲劇的な最期を遂げました。
一方で、広く流布した七十回本における盧俊義の物語は、結末が異なります。百八人の好漢が梁山泊に集結した後、物語は盧俊義が見る悪夢をもって閉じられます。その夢の中では、梁山泊の豪傑たちが全員捕らえられ、首をはねられるという凄惨な光景が描かれており、これは盧俊義や梁山泊全体の悲劇的な未来を暗示するものとなっています。
なお、『水滸伝』の原型とされる『大宋宣和遺事』にも、盧俊義に相当する人物が登場しますが、その名は李進義（Lǐ JìnYì）とされています。李進義は同僚であった楊志を救い出し、太行山に籠もった後、梁山泊に合流するという流れであり、完成された『水滸伝』物語における盧俊義の役割とは全く異なる描かれ方をしています。
その並外れた風采、品格、そして気品から、「玉麒麟」という渾名で呼ばれました。物語に登場する以前は、北宋の都である北京の大商人として莫大な富を築き、「盧員外」と敬称されるほどの地位にありました。彼の右腕として信頼していたのは、後に梁山泊でも活躍する燕青です。武芸においては特に棍法（棒術や杖術）に秀でており、点鋼槍や朴刀といった武器も自在に操り、「河北の三絶」と称されるほどの武術の達人として知られていました。梁山泊加入後は、宋江率いる本隊に対し、しばしば別働隊の指揮官として重要な役割を担います。
しかし、物語における盧俊義の登場は、六十一回と比較的大分遅いタイミングでした。特に、中国で広く読まれた七十回本においては、彼の活躍はあまり目立つものではなく、物語は彼が能力を発揮しきる前に終わってしまうという側面があります。また、物語中で「人品に優れる」と説明される一方で、作中での彼の描写は自己中心的で融通の利かない頑迷さが目につくという、複雑な人物像が描かれています。有名な批評家である金聖嘆は、彼を「愚かな金持ちとして見事に描かれている」と評したことからも、そのキャラクターの多面性がうかがえます。
物語の展開において、盧俊義の運命は梁山泊との関わりによって大きく動き出します。当時の梁山泊の首領であった晁蓋が戦死した後、後継者である宋江は、組織をさらに強固にするために頼れる人物を求めていました。その対象となったのが、北京に名高い玉麒麟、盧俊義がいることを知った宋江でした。宋江は軍師である呉用に、盧俊義を梁山泊へ引き入れるための策を命じます。
呉用は易者に変装し、北京にある盧俊義の屋敷に巧妙に入り込みました。そこで呉用は、東南（梁山泊の方向）へ旅に出るのが吉であるという偽りの易断を告げます。この予言を信じた盧俊義は、妻の賈氏や腹心の燕青を屋敷に残し、番頭の李固を伴って旅に出発しました。これが、呉用の周到な策略だったのです。
梁山泊の近くに誘い込まれた盧俊義は、そこで盗賊に捕らえられます。しかし、これは彼を梁山泊へ招くための偽装でした。梁山泊に連れてこられた盧俊義は、首領である宋江から盛大な宴で歓迎され、さらに首領の座を譲られようとします。盧俊義はさすがに首領の座を固辞しましたが、梁山泊の好漢たちと意気投合し、連夜の歓待を受けました。しかし、あまりに旅が長引くことを心配し、李固を先に北京へ帰らせた後も、盧俊義自身は梁山泊に約五十日間も滞在することになります。
ついに梁山泊を辞して北京に戻った盧俊義を待っていたのは、衝撃的な現実でした。屋敷に残してきたはずの燕青が、浮浪者のような姿で現れ、先に帰った李固が、留守を預かる間に盧俊義の妻である賈氏と密通し、共謀して盧俊義の全財産と店を乗っ取ってしまったと告げます。あまりに荒唐無稽な話に、盧俊義は初め笑って信じようとしませんでした。しかし、そのまま自宅へ帰ると、燕青の言葉が真実であることを思い知らされます。
さらに李固と賈氏は、盧俊義が梁山泊の賊と通じたという罪を着せて彼を役所に突き出しました。盧俊義は逮捕され、流刑に処せられることが決まります。李固は手を緩めず、死刑執行役人の蔡福や護送役人に賄賂を贈り、護送中に盧俊義を殺害するよう依頼します。護送の途中、燕青が間一髪で盧俊義を助け出しますが、盧俊義はすぐに再び捕らえられ、北京に戻されてしまいます。今度はより重い死罪の判決が下されました。
処刑場において、梁山泊から派遣された石秀が盧俊義の救出を試みますが、これも失敗し、石秀もろとも牢屋に監禁されてしまいます。事態を重く見た梁山泊は、三度にもわたる北京攻略軍を派遣し、ついに盧俊義を救出しました。自身を裏切った李固と妻の賈氏も梁山泊によって捕らえられましたが、その始末は梁山泊の好漢たちに委ね、盧俊義は燕青と共に梁山泊へと身を寄せました。
梁山泊に加わった後、盧俊義は大きな手柄を立てます。かつての首領である晁蓋は、死に際して自身の仇である曾頭市の史文恭を討った者を次の首領とする、という遺言を残していました。盧俊義はこの史文恭を見事に討ち取り、晁蓋の仇を討ったことで、再び宋江から首領の座を譲られることになります。しかし、盧俊義は固くこれを辞退しました。二人の間で首領の座の譲り合いが続いたため、最終的に東平府と東昌府を攻略し、先に落とした方を首領とすることで決着をつけることになりました。
この攻略戦において、盧俊義は呉用や公孫勝といった軍師を従え、東昌府の攻略を担当します。しかし、敵将である張清の猛攻に苦戦し、なかなか攻略を進めることができませんでした。一方、宋江は東平府を先に攻略し、その後盧俊義の許に合流してようやく東昌府は陥落します。こうして、宋江を正式な首領とし、盧俊義をその副首領とする梁山泊の新たな体制が確立されたのです。
百回本や百二十回本といった後期の版では、梁山泊は朝廷への帰順を果たし、その後は宋朝に反抗する各地の勢力を討伐する戦いに加わります。盧俊義は梁山泊軍の副将として、多くの戦で諸将を率い、目覚ましい活躍を見せます。しかし、多大な犠牲を伴った方臘征伐を終え、首都である東京へ帰還する途中、腹心の燕青が突然、盧俊義に暇乞いをしました。
これから朝廷からの恩賞がもらえる時期になぜかと訝しむ盧俊義に対し、燕青は用済みとなった梁山泊軍団の行く末を案じ、元の主人である盧俊義にも身を引くよう忠告します。しかし、盧俊義は燕青の言葉に耳を傾けませんでした。彼は廬州安撫使・兵馬副総監という高い官職に任命され、意気揚々と任地へ赴任します。しかし、燕青の予感は的中しました。
赴任後、盧俊義は謀叛の疑いをかけられます。皇帝臨席の昼食に招かれた際、出された食事に密かに水銀を盛られていたのです。任地へ帰還する途中、水銀中毒による激しい腰の痛みに耐えきれず、乗っていた船から淮河へ転落し、そのまま溺死するという悲劇的な最期を遂げました。
一方で、広く流布した七十回本における盧俊義の物語は、結末が異なります。百八人の好漢が梁山泊に集結した後、物語は盧俊義が見る悪夢をもって閉じられます。その夢の中では、梁山泊の豪傑たちが全員捕らえられ、首をはねられるという凄惨な光景が描かれており、これは盧俊義や梁山泊全体の悲劇的な未来を暗示するものとなっています。
なお、『水滸伝』の原型とされる『大宋宣和遺事』にも、盧俊義に相当する人物が登場しますが、その名は李進義（Lǐ JìnYì）とされています。李進義は同僚であった楊志を救い出し、太行山に籠もった後、梁山泊に合流するという流れであり、完成された『水滸伝』物語における盧俊義の役割とは全く異なる描かれ方をしています。
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