眠れる森の美女 (チャイコフスキー)

チャイコフスキーのバレエ音楽『眠れる森の美女』：歴史、物語、音楽、そして多様な解釈

チャイコフスキーが作曲したバレエ『眠れる森の美女』（作品66）は、1890年サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で初演された、クラシックバレエを代表する作品の一つです。シャルル・ペローの同名のおとぎ話を原作とし、『白鳥の湖』『くるみ割り人形』と共に「三大バレエ」と称されることもあります。本作品は、単なるおとぎ話にとどまらず、19世紀末のロシアの文化状況や、バレエ芸術自身の歴史的発展と深く関わり合った、多層的な魅力を持つ作品です。

誕生の背景：政治と文化の交錯

マリインスキー劇場支配人イワン・フセヴォロシスキーからの依頼によって、『眠れる森の美女』の作曲が始まりました。フセヴォロシスキーは、ルイ14世時代のフランス文化に造詣が深く、当時ロシアで強まっていた専制政治の中で、豪華絢爛なバレエを通して皇帝への賛美を込めた作品を構想していました。彼からの依頼は、ペローの童話に基づき、ルイ14世時代の様式を取り入れた、壮大な舞台演出を伴うバレエ作品でした。

チャイコフスキーは当初は反応が遅かったものの、フセヴォロシスキーからの熱意のこもった手紙を受け取ると、その壮大な構想に感銘を受け、作曲を承諾します。マリインスキー劇場の首席バレエマスターであり、本作の台本も作成したマリウス・プティパが振付を担当し、1888年から作曲が始まり、翌年には全曲が完成しました。プティパからの詳細な指示もあったものの、チャイコフスキーはそれらを完全に忠実に守ったわけではなく、作曲過程で独自の解釈を加えるなど、両者の協働によって作品が形作られていきました。

初演とその後：賛否両論から世界的バレエへ

1890年1月、マリインスキー劇場で盛大な初演が行われましたが、皇帝アレクサンドル3世の反応は「とても可愛らしい」という短いものでした。貴族や批評家からも冷淡な評価が寄せられたものの、観客の支持は次第に高まり、チケットは完売するほどの人気作品となりました。その後、マリインスキー劇場のレパートリーとして上演が続き、1896年にはミラノのスカラ座で初の国外上演を果たしました。

多様な改訂演出：プティパ版からの継承と革新

『眠れる森の美女』は、初演以来、多くの改訂演出が発表されてきました。その多くは、プティパによる原振付を尊重したものでしたが、バレエ・リュスによる『眠り姫』（1921年）のような大胆な改変もありました。この公演は、ニジンスカによる斬新な振付やバクストによる豪華な舞台美術が話題となりましたが、前衛的な作品を期待していた観客からは不評を買ってしまいました。

マリインスキー・バレエでは、ロプホーフ版（1922年）、セルゲエフ版（1952年）、ヴィハレフによる復元上演（1999年）など、様々な改訂が行われ、時代に応じて作品が進化し続けています。ロイヤル・バレエでも、セルゲエフ版、ライト版、マクミラン版、ダウエル版など、複数の演出が上演されてきました。他にも、現代的な解釈を取り入れたエック版（1996年）、マイヨー版（2001年）など、物語の設定やテーマを大胆に改変した演出も存在します。

物語：おとぎ話とバレエの融合

バレエ『眠れる森の美女』の物語は、シャルル・ペローのおとぎ話をベースとしています。王女オーロラ姫が、悪の妖精カラボスの呪いによって100年の眠りにつき、100年後、デジレ王子（ロイヤル・バレエ団ではフロリムント王子）のキスによって目覚め、結婚に至るまでの前半部分が主に描かれています。

プロローグではオーロラ姫の洗礼、第1幕では16歳の誕生日にカラボスによって呪われ眠りにつく場面、第2幕ではデジレ王子がオーロラ姫を目覚めさせるところ、そして第3幕では華やかな結婚式が描かれています。物語の展開は、演出によって若干の違いが見られるものの、基本的な筋書きは共通しています。特に、善の象徴であるリラの精と、悪の精カラボスの表現は演出によって大きく異なり、その対比が様々な形で表現されています。

音楽：華麗なるチャイコフスキーの世界

チャイコフスキーの音楽は、バレエの華麗な舞台と見事に調和しています。オーケストレーションは非常に多彩で、各場面の雰囲気を効果的に表現しています。また、演奏会用の組曲としても人気があり、バレエ作品としての魅力だけでなく、単独の音楽作品としても高い評価を受けています。

作品の特徴：古典バレエの粋

『眠れる森の美女』は、古典バレエの様式美を極めた作品として知られています。プティパの振付は、物語よりも純粋な舞踊表現に重点を置き、作品全体に明確な形式構造が貫かれています。コール・ド・バレエ、童話の人物たちの踊り（ディヴェルティスマン）、オーロラ姫とデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥなど、様々な舞踊が秩序立って配置され、古典的な調和が実現しています。オーロラ姫の華麗なテクニックと、王女としての気品が求められる作品です。

まとめ：時代を超えて愛されるバレエ作品

『眠れる森の美女』は、ペローの童話という単純な物語を土台としながらも、チャイコフスキーの音楽、プティパの振付、そして数々の改訂演出によって、時代を超えて愛され続ける名作バレエとなっています。その豪華絢爛な舞台、感動的な物語、そして魅力的な音楽は、今後も多くの人々を魅了し続けるでしょう。

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