睡虎地秦簡

睡虎地秦簡（すいこち しんかん）

『睡虎地秦簡』は、1975年に中華人民共和国湖北省孝感地区雲夢県睡虎地で発見された竹簡群です。秦の官吏であった喜（き）という人物の所持品で、秦代の法律を知る上で貴重な一次資料となっています。『睡虎地秦墓竹簡』や『雲夢秦簡』とも呼ばれます。

発見の経緯と概要

1975年、睡虎地での土木工事中に古墓が発見され、翌年にかけて発掘調査が行われました。その結果、全部で12基の秦代の墓が発見され、そのうち11号墓から人骨と共に1150点以上の竹簡が出土しました。

竹簡の中の「編年紀」によると、墓の埋葬者は秦の南郡安陸県で下級官吏をしていた喜という人物で、昭襄王45年（紀元前262年）に生まれました。始皇帝30年（紀元前217年）に年表が途切れていることから、この年、あるいはその直後に亡くなったと考えられています。

竹簡の解読と研究は「睡虎地秦墓竹簡整理小組」というプロジェクトチームによって行われ、内容は10種類に分類・整理されました。

竹簡の内容

1. 編年紀: 秦の大きな出来事と喜の個人的な事柄が記述されています。
2. 語書: 始皇帝20年（紀元前227年）に南郡郡守の騰（とう）から各県の官吏に送られた通達書で、民衆を法に基づいて取り締まるように指示されています。
3. 秦律十八種: 18種類の秦律の条文の抜粋です。
4. 效律: 「秦律十八種」の中の效律について更に詳しく解説しています。
5. 秦律雑抄: 「秦律十八種」と同様に秦律の抜粋ですが、系統立ててまとめられたものではなく、喜の手控えと考えられています。
6. 法律答問: 律を実際に運用する際の疑問点について問答形式で示しています。
7. 封診式: 職務に当たる際のマニュアルや、提出する文書の文例が記述されています。
8. 為吏之道: 官吏としての心得を説いたものです。
9. 日書（甲・乙）: 卜占に関する文章です。

これらの竹簡は、喜が生前に日常業務で使用していたもので、死後に家族が副葬品として埋めたと考えられています。秦律に関する文章は、喜が条文の中からよく使う部分を抜粋したものであり、秦律の全てを網羅しているわけではありません。

「法律答問」は、理念的な法律の条文だけでなく、当時の社会状況を知る上で貴重な資料となっています。

秦律十八種の内容

秦律十八種には、以下のものが含まれています。

田律：農業、狩猟、山林に関する法
厩苑律：国営の厩舎や牧場の管理に関する法
倉律：穀物や飼料を保管する倉庫の管理に関する法
金布律：貨幣や財物の管理に関する法
関市律：市場の管理に関する法
工律：官営手工業の規定
工人程律：工人の作業規定
均工律：工人の配置に関する規定
徭律：徭役に関する規定
司空律：司空（工人を管理する役職）の職務規定
效律：国家が所有する財物の出入庫や監査に関する規定
軍爵律：軍事的な功績に対する爵位に関する規定
置吏律：官吏の任用に関する規定
伝食律：駅伝で使者に支給される食料に関する規定
行書律：公文書の伝送に関する規定
内史雑律：首都を管轄する官吏（内史）に関する規定
尉雑律：尉（軍事関係の官吏）に関する規定
属邦律：属国（異民族）に対する規定

睡虎地秦簡の価値

秦は商鞅の変法や始皇帝の法家政策によって天下を統一しましたが、秦滅亡後、漢王朝以降は儒家が支配理念の基礎となったため、秦の具体的な政策や法律の内容は長らく不明でした。

『睡虎地秦簡』の発見は、同時代の史料として学界に大きな衝撃を与え、秦代史研究の発展に大きく貢献しました。

関連項目

里耶秦簡

参考文献

松崎つね子『睡虎地秦簡』明徳出版社〈中国古典新書 続編〉、2000年。ISBN 978-4896198249

もう一度検索