矢部新田

矢部新田：相模原の変遷を刻む地名

神奈川県相模原市中央区に位置する矢部新田は、相模原地域で最も古い新田の一つとして知られています。その歴史は、17世紀後半、江戸町人の相模屋助右衛門による開墾にまで遡ります。延宝3年（1675年）に始まった開墾は、貞享元年（1684年）の検地によって上矢部新田（または矢部新田）として独立した村として認められました。

当初は、相模原台地上の畑地として雑穀が栽培されていましたが、生産性は高くありませんでした。これは、台地特有の地下水位低下と河川の不足による用水確保の困難さが原因でした。交通の要衝である「八王子道」沿いに位置していたことから、新田集落は発展していきました。この道は、津久井往還や神奈川往還（浜街道）の一部としても機能していました。

明治時代に入ると、生糸輸出と養蚕業の隆盛に伴い、矢部新田は一面の桑畑へと変わっていきました。しかし、この穏やかな農村風景は、昭和初期に到来した軍事的転換によって大きく様変わりすることになります。

昭和13年（1938年）8月、陸軍相模兵器製造所（後に相模陸軍造兵廠）が開設されたのです。広大な敷地を要した兵器工場は、矢部新田だけでなく、周辺地域にも大きな影響を与えました。同年10月には、陸軍工科学校（後に陸軍兵器学校）も移転してきました。これらの軍事施設の建設は、矢部新田の土地利用を劇的に変化させ、農村景観は失われていきました。

軍部主導による都市計画も進められ、昭和16年（1941年）には、相模原町が発足。昭和29年（1954年）には、相模原市へと昇格しました。この過程で、矢部新田は軍都計画の中心に位置づけられ、区画整理事業が行われました。敗戦後も、区画整理事業は継続され、国道16号などの整備が進められました。

終戦後、相模陸軍造兵廠跡地は米軍に接収され、在日米陸軍相模総合補給廠となりました。朝鮮戦争勃発による特需は、相模工廠の活況を促し、多くの雇用を生み出しました。基地周辺には、労働者向けの商店街が形成され、通勤のための駅（矢部駅）も設置されました。

戦後の市街化は急速に進み、矢部新田の農村風景は消滅しました。住居表示事業も実施され、現在の矢部一丁目～四丁目、淵野辺の一部、富士見の一部、矢部新町などが誕生しました。現在では、相模総合補給廠の敷地内のごく一部にしか、「矢部新田」という地名が残っていません。

かつての農村風景は失われましたが、矢部新田の歴史は、相模原市の発展と深く関わっており、その変遷を象徴する地名として、重要な意味を持ち続けています。米軍基地の存在も、矢部新田の歴史に深く刻まれた事実です。現在も、その影響は地域社会に色濃く残っています。郵便番号は252-0208、集配局は相模原郵便局です。

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