石井絹治郎

石井絹治郎：薬剤師の地位向上に尽力した情熱的な実業家

石井絹治郎（いしい きぬじろう）は、1888年（明治21年）に香川県で生まれ、1943年（昭和18年）に55歳で亡くなった、化学者、薬剤師、そして実業家です。大正製薬の創業者であり、初代社長として、薬剤師の社会的地位向上に大きく貢献しました。また、後に三代目社長となる上原正吉の才能を見抜き、育成したことでも知られています。短い生涯ながらも、数多くの事業を成功させた、情熱と行動力にあふれる人物でした。

生い立ちと薬学への道

石井は、現在の香川県三豊市高瀬町で、農業を営む家庭の三男として生まれました。幼い頃は、大臣や代議士になることを夢見ていたそうです。13歳の時に上京し、宮内省侍医の岡家に住み込みで働きながら、1904年に神田薬学校（現在の明治薬科大学）夜間部に入学し、薬学を学び始めました。岡邸が近く、夜間授業があったことが、神田薬学校を選んだ理由です。

1906年、石井は神田薬学校を首席で卒業し、難関であった薬剤師国家試験に18歳という最年少で合格しました。しかし、当時の資格取得年齢は満20歳であったため、2年間は免許が保留となり、その間、宮内省侍医寮薬局での実習や、東京高等師範学校（現：筑波大学）の小川正孝教授の助手として経験を積みました。1908年に正式に薬剤師免許を取得し、牛込佐内町に「泰山堂薬局」を開業しました。

大正製薬の設立と事業拡大

1912年、石井は「大正製薬所」を設立し、「ヘモグロビンエキス」や「ヘモグロビン菓子」の製造販売を開始しました。この事業はすぐに軌道に乗り、成功を収めました。当時、日本薬剤師会が中心となって取り組んでいた売薬法改正運動にも積極的に参加し、政治家へのロビー活動を行った結果、『売薬調整権を薬剤師に限る』という改正案が成立し、薬剤師の地位は大きく向上しました。石井は、この改正に大きく貢献しました。

事業拡大のため、従業員の採用方針を転換し、1916年には当時19歳だった上原正吉を採用しました。上原は、後に大正製薬の三代目社長として、会社を大きく発展させる人物です。関東大震災時には、日本薬剤師会が焼失した際に、大正製薬所の応接間を仮事務所として提供し、大阪支店から大量の医薬品を会員に無償で配布するなど、迅速な対応を行いました。

1928年には、大正製薬所を株式会社大正製薬へ改組し、翌年には大阪へ再進出、上原正吉を大阪支店長に抜擢しました。さらに、1932年には大連にも支店を開設し、事業を拡大しました。

晩年と死

仕事熱心であった石井は、数多くの委員会の委員長を務める一方で、大正製薬以外の事業にも携わりました。1940年には、皇道文化研究所を設立しました。1943年4月には、東京商工会議所満鮮北支経済使節団長として中国に渡航しましたが、帰国後にチフスを発病し、5月9日に55歳で亡くなりました。告別式は護国寺で行われ、葬儀委員長は後に外務大臣となる藤山愛一郎が務めました。

人物像

石井は、31歳の時にチフスに罹患しましたが奇跡的に回復し、その後も精力的に活動を続けました。しかし、チフスを過去に経験していたため、予防接種をせずに中国へ渡航し、再発したチフスにより命を落としました。石井の懐刀であった上原正吉は、彼を「白くて大きな手を持った非凡な人間」と表現し、その寛容さ、積極性、勇断を学んだと述べています。また、明治薬科大学初代校長の恩田経介は、石井を「一見強面だが、気前がよく、熱血漢で義理固い反面、惚れっぽい」と評しています。

エーザイの創業者である内藤豊次とはライバル関係でありましたが、互いに尊敬しあう仲であり、内藤がスイスに行く際には、スイスに留学していた石井の長男：輝司宛ての伝言を頼んだほどです。葬儀委員長を務めた藤山愛一郎は、石井が戦後まで生きていたら、日本の復興に大きく貢献したであろうと惜しんでいます。

石井の死後、皇道文化研究所を共に設立した神川彦松は、「日本精神を根底とした世界観を築こうとした石井の死は、研究所のみならず、国家にとっても大きな損失である」と嘆きました。

家族

石井には、妻のムメとの間に、長男の輝司（元大正製薬社長）、次男の良二、長女の秀子がいました。孫の啓太郎は、明治薬科大学薬学部製薬学科の教授を務めており、石井家と明治薬科大学は、三代にわたる深い関わりがあります。

年譜

1888年 - 愛媛県三豊郡比地二村（現香川県三豊市高瀬町）に生まれる。
1899年 - 比地小学校卒業。
1901年 - 薬業見習のため上京。
1904年 - 神田薬学校（現：明治薬科大学）入学。
1906年 - 明治薬学校（現：明治薬科大学）卒業。薬剤師国家試験合格。
1908年 - 泰山堂薬局開設。日本薬剤師会入会。
1910年 - 従兄妹であるムメと結婚。
1912年 - 大正製薬所設立。
1914年 - 念願の売薬法改正。
1915年 - 長男石井輝司誕生。
1916年 - 日本薬剤師会東京府選出代議員に当選。上原正吉を採用。
1919年 - チフスに罹患するも、一命を取り留める。
1923年 - 日本薬剤師会理事に選出。
1924年 - 日本薬剤師会薬事業務調査委員に就任。
1925年 - 明薬大成会初代会長に就任。
1926年 - 日本薬剤師会東京府薬会長に当選。（没するまで日本薬剤師会理事と重任）
1928年 - 大正製薬所を株式会社大正製薬へ改組。
1929年 - 日本薬剤師会副会長に当選。大正製薬大阪支店開設。
1932年 - 大日本化学工業会長に就任。大正製薬大連支店開設。
1933年 - 日本微生物研究所を設立。
1935年 - 東京府国防科学協会会長、大日本国防科学協会副会長に就任。日本薬剤師会副会長に再任。
1937年 - 東京商工会議所議員に当選。東京府防空委員に就任。
1938年 - 日本鉱業開発と日生鉱業を設立し、両社の取締役社長に就任。比地小学校に教育資金を寄付。
1939年 - 商工省価格形成専門委員に就任。興亜炭素（現：ツルミコール）を設立し、取締役社長に就任。
1940年 - 全国薬業団体連合会会長・東京薬業同業組合長・戦時特別調停委員に就任。皇紀2600年を記念し神川彦松らと皇道文化研究所を設立。
1941年 - 東京商工会議所議員に再選。東京府医薬品需給調査会副会長・医薬品配給統制審議会中央委員長に就任。
1942年 - 東京市会議員に当選。
1943年 - 石井精機社長に就任。4月に東京商工会議所満鮮北支経済使節団長として渡支し、帰国後チフスを発病、同年5月9日永眠（満55歳）。

石井絹治郎は、その生涯を通じて、薬剤師の地位向上と事業の発展に尽力し、日本の医薬業界に大きな足跡を残しました。

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