石橋絢彦

石橋絢彦

嘉永五年（一八五三年）二月五日（旧暦十二月二十七日）に江戸の浅草新堀端で生を受けた石橋絢彦は、幕末から昭和初期にかけて日本の近代化を土木技術をもって支えた工学博士です。幕臣与力である中井国蔵長親と妻ふくの五男として誕生しましたが、元治元年（一八六四年）には、同じく幕臣の石橋和三郎福庵の養子となりました。しかし、養父である福庵は明治元年（一八六八年）四月二日に消息を絶っています。

明治十二年（一八七九年）、後の東京大学工学部に連なる工部大学校を卒業し、土木技術者としての道を歩み始めます。卒業の年、絢彦は義父である福庵の異母兄にあたる幕臣青山安保の長女、菊（文久三年六月二十八日生）と結婚しました。キャリアのスタートは逓信省でした。

その後、イギリスへの留学機会を得て、当時の先進技術であった灯台建設をはじめとする海上土木工事について深く学びました。帰国後は工部省に移り、准奏人御用掛として灯台局に勤務することが命じられます。海上交通の安全を確保する上で不可欠な灯台の建設・管理は、当時の日本にとって喫緊の課題であり、絢彦はここでその専門性を深めていきました。

明治二十二年（一八八九年）には神奈川県へ移り、臨時横浜築港の北水堤建設において現場監督を務めました。港湾整備もまた、開国後の日本の経済発展を支える重要なインフラであり、その建設に携わったことは、彼の技術者としての幅を広げる経験となりました。明治二十四年（一八九一年）には再び工部省灯台局へ戻り、航路標識管理所の所長と技師長を兼任する立場となり、日本の航路標識行政の中心的な役割を担うことになります。

明治二十七年（一八九四年）に日清戦争が始まると、絢彦は大本営付として、対馬や五島列島の五ヶ所での灯台建設にあたるなど、軍事的な要請に応じた活動も行いました。さらに明治三十七年（一九〇四年）の日露戦争勃発時には、病を押して朝鮮半島に渡り、浮標の設置や灯台建設といった重要な任務を遂行しています。戦時下においても海上インフラの整備は続けられ、彼の技術と経験が国に貢献しました。

技術者としての具体的な業績としては、日本の近代航路にとって重要な、出雲日御碕灯台や水ノ子島灯台などの設計を手がけたことが挙げられます。また、横浜市の吉田橋の改修工事を指揮し、当時最先端であったカーン式による日本初の鉄筋コンクリート橋を完成させた功績は特に大きいとされています。これは日本の橋梁技術史における重要な一歩となりました。

明治四十三年（一九一〇年）からは、後の工学院大学となる工手学校の校長を務め、教育者としても後進の育成に尽力しました。長年にわたる土木技術分野への貢献と功績により、最終的な位階は従四位、勲等は勲二等に叙せられています。また、明治二十八年（一八九五年）には、日清戦争における功績に対して明治二十七八年従軍記章が授与されています。

長男の石橋栄達は動物学者となり、旧制第三高等学校の教授を務めました。石橋絢彦は昭和七年（一九三二年）一月二十五日、七十九歳でこの世を去りました。墓所は東京都台東区にある仏心寺に営まれています。

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