磯又右衛門

磯 又右衛門

磯 又右衛門（いそ またえもん）は、天神真楊流柔術の創始者（流祖）として知られる人物です。寛政2年4月4日（1790年5月17日）に生を受け、文久3年7月15日（1863年8月28日）にその生涯を終えました。旧名を岡本八郎治と称し、後に正足（まさたり）と名乗りました。また、柳関斎（りゅうかんさい）という号も用いています。

生涯と武道遍歴

又右衛門は、伊勢国松坂日野（現在の三重県松阪市日野町）に誕生しました。父は紀州藩に仕えた武道家、岡山八郎治正興であり、彼はその次男として育ちました。

幼い頃から柔術に強い関心を抱いていた又右衛門は、15歳で京へと上り、本格的な武道修行を開始します。そこで一柳織部義路に師事し、楊心流柔術の技を7年間かけて学びました。一柳織部の死後は、師を求めて近江国の本間丈右衛門環山正遠のもとへ移り、今度は真之神道流を6年にわたり修行。ここで各流派の深奥に触れ、その技量を大いに高めました。

各地を巡る中で、又右衛門は近江国草津（現滋賀県草津市）に滞在していた時期に、武名を高めるための試練に直面します。西村外記之輔という武芸者が彼を訪ね、挑発的な態度で勝負を仕掛けてきたのです。二人は「敗者は相手の門弟となる」という条件で立ち合い、又右衛門はこれに勝利。約束通り、西村外記之輔は彼の門下に入りました。

また、又右衛門の生涯における特筆すべき出来事として、多数のならず者たちとの衝突があります。偶発的に発生したこの争いでは、百人を超える悪漢集団を相手にしなければならない状況となりました。この時、又右衛門は高弟となっていた西村外記之輔と共に、長年の修練で培った秘技を駆使してこれを撃退し、巻き込まれた人々を救い出しました。

この実戦経験は、又右衛門に重要な教訓を与えました。真剣勝負において、単に技を繰り出すだけでなく、相手を効果的に制する「当て身」の体得がいかに不可欠であるかを痛感したのです。この洞察を機に、彼は当て身技の研究と体系化に注力するようになり、これが後の天神真楊流の創始へと繋がっていきました。

天神真楊流の確立

実戦を通じて得た知見、特に当て身の重要性に着目した又右衛門は、それまでの楊心流と真之神道流で学んだ技術を基礎としつつ、独自の改良と工夫を重ねました。当て身技を柔術の体系の中に効果的に組み込むことで、より実戦的な流派の確立を目指したのです。こうして、彼の創り出した新しい柔術は「天神真楊流」として知られるようになります。

門弟

磯又右衛門のもとには、多くの門弟が集まりました。彼の技と教えは、彼らに受け継がれ、さらに広められていきます。主な門弟には、近江国草津での事件で又右衛門と共に悪漢と戦った西村外記之輔がいます。また、一人で複数の他流試合に立ち向かったという逸話が残る松永清左衛門（磯正智とも称す）、幕末の動乱期に彰義隊にも参加した今泉八郎（後の真蔭流）なども、又右衛門の指導を受けた高弟として知られています。

その他にも、以下のような多数の弟子が彼の門下で学びました。

西村外記之輔
寺崎認之
西鎌太郎
上田権平柳玉斎清
藤田銀八郎（柴真楊流）
富山登（柳心介冑流）
谷鹿之助
森種之輔植春
磯又一郎正光
松永清左衛門（磯正智）
八木貞之助
川渕長左衛門
城田亀司
長島直吉柳玄斎行忠
原田要人之輔柳容斎源正徳
今泉八郎柳定斎定智（真蔭流）
* 吉田伝左衛門柳藤斎直義

磯又右衛門は、二つの異なる流派の技を融合させ、実戦経験から得た教訓を基に当て身を重視する新しい柔術体系を創り出しました。その功績は大きく、天神真楊流は近代柔道が成立する上でも影響を与えた流派の一つとされています。又右衛門は、柔術史において重要な足跡を残した武道家と言えるでしょう。

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