礒田湖龍斎

礒田湖龍斎（いそだ こりゅうさい、1735年 - 1790年?）は、江戸時代中期に活躍した浮世絵師です。本姓は藤原氏で、名は正勝、通称は庄兵衛と称しました。彼は、神田小川町の大名土屋家（土浦藩主）の浪人であったと伝えられています。「湖龍」の号は、旧主の藩地である霞ヶ浦に因んで名付けられたと推測されています。住まいは両国橋広小路薬研堀に構えていました。

画風の形成

礒田湖龍斎は、当初西村重長の門人とされていましたが、確証はありません。明和年間後期に「鈴木春広」または「湖龍斎春広」としてデビューしました。初期の作品は鈴木春信の影響を強く受けており、その画風から抜け出すのに苦労したようです。しかし、安永年間に入ると「礒田湖龍斎」と改名し、極端に縦長の画面を持つ柱絵を手がけることで、春信の影響から徐々に脱却しました。

独自の画風の確立

湖龍斎は、春信風の肉感を抑えた美人画から、現実の肉体を感じさせる豊満な姿態を描く独自の画風を確立しました。特に柱絵においては、その縦長の画面を最大限に生かした作品を多く残し、出世作となりました。柱絵の他にあぶな絵、秘画も手掛け、黄表紙の挿絵も残しています。

代表作「雛形若菜の初模様」

安永5年（1776年）から天明初期にかけて刊行された「雛形若菜の初模様」は、湖龍斎の代表作として知られています。この大判シリーズは、吉原の遊女に新しいデザインの衣装を着せるという趣向で、当時の女性たちの関心を惹きつけました。また、春信の中判ではなく大判を採用したことも特徴で、これが後の錦絵の基本判型となりました。現在確認されているだけでも120図を超える人気シリーズとなり、後に鳥居清長もこのシリーズを描き継いでいます。

その他の活動と晩年

湖龍斎は、あぶな絵や花鳥画も数多く制作しました。また、安永10年（1781年）には『画本混雑倭草画』などの絵手本も残しています。天明2年（1782年）には、絵師として名誉な地位である法橋に推挙され、晩年は「武江薬研堀隠士」と自称して、肉筆浮世絵の制作に専念しました。肉筆美人画の代表作には「遊女道中図」や「美人愛猫図」などがあります。湖龍斎は、浮世絵版画と肉筆画の両方において、この時期の絵師の中で最も多くの作品を残した一人です。

作品

版本挿絵

『吟出川』（噺本、籠耳斎聞取作、安永2年刊行）
『妓者呼子鳥』（洒落本、田にし金魚作、安永6年刊行）
『役者手鑑』（俳諧本、花吸庵編、安永8年刊行）
『混雑倭艸画』（絵本、天明元年刊行）

錦絵

「風流やつし武者鑑」：中判揃物（明和後期、「湖龍斎春広画」の落款あり）
「名鳥坐舗八景」：中判8枚揃（安永3‐4年頃）
「雛形若菜の初模様」：大判揃物（安永6年‐天明2年頃）
「今様五節句戯　七夕」
「雛形若菜の初模様　がくた八らや内れん山」：大判
「花魁と禿」：柱絵（マスプロ美術館所蔵）
「明烏」：柱絵（城西大学水田美術館所蔵）
「見立釣狐」：柱絵（城西大学水田美術館所蔵）

肉筆画

「遊女道中図」
「美人愛猫図」


礒田湖龍斎は、初期には鈴木春信の影響を受けながらも、独自の画風を確立し、柱絵というジャンルにおいて傑出した才能を発揮した浮世絵師です。彼の作品は、その高い芸術性と歴史的価値から、今日においても高く評価されています。

もう一度検索