西村重長

西村重長：江戸中期を彩る多才な浮世絵師

西村重長は、江戸時代中期（元禄10年〈1697年〉頃～宝暦6年〈1756年〉）に活躍した、多才な浮世絵師です。通油町（現在の日本橋大伝馬町付近）の地主であった彼は、晩年に神田で古本屋を開業したという記録が残されています。

彼の画業は、鳥居派、特に鳥居清信風の役者絵から始まりました。享保から宝暦にかけての時代、奥村利信とほぼ同時期に活躍し、漆絵による役者絵を得意としていました。しかし、西村重長の才能は多岐に渡り、やがて西川祐信や奥村政信風の美人画、そして浮絵、花鳥画、歴史画、名所絵、風景画など、幅広い題材と技法を駆使するようになります。さらに、赤本や黒本といった出版物にも携わっていたという記録も残っています。

特に浮絵においては、奥村政信の手法をいち早く取り入れ、奥村屋以外の版元からも作品を発表しました。当時の浮絵は、室内は透視図法を用いる一方、屋外は従来通りの俯瞰図で表現されるのが一般的でした。西村重長は、細判三枚続、石摺絵、そして没骨（もっこつ）の水絵といった、当時としては斬新な版型や技法にも果敢に挑戦しました。没骨は、墨線を使わずに紅、黄、緑、鼠色といった淡色を用いて摺る技法で、鈴木春信の作品にも見られる手法です。彼は「…風」と題した細判3枚続の漆絵の創始者とも考えられています。

また、落款にも独自のこだわりが見られます。初期は「西村重長筆」と記していましたが、後に「西村重長画」と改め、「画」の文字を使用しました。錦絵が生まれる以前の浮世絵界において、「画工」または「日本画工」と記し、「画」の文字を用いたのは、西村重長が最初期の一人だと考えられています。それ以前の浮世絵師は「筆」または稀に「図」を使用するのが一般的でした。

西村重長の作品数は多くありませんが、その一つ一つに高い芸術性を見ることができます。代表作として、東京国立博物館所蔵の横大判漆絵「新吉原月見之座敷」、城西大学水田美術館所蔵の細判漆絵「そて崎いせの」、同じく東京国立博物館所蔵の「市村竹之丞 丹前大あたり」、「市村竹之丞 富沢門太郎」、そして紅摺絵「風流邯鄲枕」、「後朝の別れ」、「牡丹に唐獅子図」、シカゴ美術館所蔵の細判紅摺絵三幅対「現（うつつ）の遊」などがあります。絵本では「絵本江戸土産」（東北大学付属図書館所蔵）などが知られています。

彼の肉筆画は、現在確認されている限り「海上郡浄國寺事実」（1728年（享保13年）、浄國寺（銚子市）所蔵）のみです。これは奥書によって制作年が確認されており、浮世絵師が寺院の依頼を受けて仏画を描くこともあったことを示す貴重な作品となっています。

「そて崎いせの」には「画工西村重長筆」と、「風流邯鄲枕」には奥村政信を意識して「仙花堂西村重長正筆」と款が記されています。

西村重長は、優れた門人である石川豊信を育てた他、鈴木春信にも影響を与えたとされています。彼の作品は、多様な技法と画風、そして斬新な試みに満ち、江戸中期浮世絵界に大きな足跡を残しました。彼の生涯と作品は、当時の版画技術の発展と、浮世絵の多様な表現の可能性を示す貴重な資料と言えます。

主な作品一覧

「浮絵新吉原新町うら座敷の風景」　紅絵　横大判 延享～寛延頃
「新吉原月見之座舗」　漆絵　横大判 東京国立博物館所蔵
「市村竹之丞 丹前大あたり」 漆絵 細判 東京国立博物館所蔵　
「そて崎いせの」　漆絵　細判　城西大学水田美術館所蔵
「近江八景」 漆絵 細判8枚揃 享保年間
「涅槃図」 丹絵 軸装 享保年間　個人蔵
「三幅対 武蔵の月・難波の梅」 漆絵 細判2枚 享保前期
「春花見の桜おやしき風」 漆絵 細判 享保中期頃
「掛物三幅対　右　現（うつつ）の遊」　紅摺絵　細判3枚組の内　城西大学水田美術館所蔵
「掛物三幅対　中　現（うつつ）の遊」　紅摺絵　細判3枚組の内　城西大学水田美術館所蔵
「掛物三幅対　現（うつつ）の遊」　紅摺絵　細判3枚組　シカゴ美術館所蔵
「三幅対ひよくの三曲」 紅摺絵 細判3丁掛 延享～寛延頃
「姉を負う布袋」
「海上郡浄國寺事実」　紙本著色　1巻　　浄國寺 (銚子市)所蔵　1728年（享保13年）
『吉原むかし絵本』 絵本 享保8年近藤勝信と共画
『敵討笈花蔓』 浮世草子 寛保3年
* 『絵本江戸土産』 地誌絵本 宝暦3年

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