祝福するキリスト (ティツィアーノ)

ティツィアーノの「祝福するキリスト」

イタリア盛期ルネサンスの巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオによって1570年頃に描かれた油彩作品「祝福するキリスト」（伊: Salvator mundi、英: Christ Blessing）は、その深い精神性と卓越した技法で観る者を魅了します。この作品は、ビザンチン美術の図像学にルーツを持つ「全能のキリスト」を表現しており、キリストが右手で祝福を与え、左手に水晶球を持つ姿が描かれています。

作品の歴史

この絵画は、かつてヴェネツィアのバルバリーゴ家のコレクションに所蔵されていました。17世紀には既にそのギャラリーに飾られていたことが年代記に記されています。1769年にはコシャン師が「きわめて強い個性のキリスト半身像。色彩はさまざまなやわらかい色調を含む赤、明暗の調子は、明らかに、時代を経て黒ずんでしまっている」と述べています。1850年、この作品は「悔悛するマグダラのマリア」、「聖セバスティアヌス」などと共に、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に購入されました。

現在、この作品の複製がイギリスの個人コレクションとウィーンの美術史美術館に所蔵されています。

図像と表現

ティツィアーノの「祝福するキリスト」は、ビザンチン美術の伝統的な図像を踏襲しつつも、独自の解釈が加えられています。キリストの右手は祝福の印として挙げられ、左手には世界を象徴する水晶球が握られています。ビザンチン美術の持つ威厳や力強さを残しながらも、ティツィアーノのキリスト像は、より人間的な温かさを感じさせます。

作品の主な色彩は、赤と青色に抑えられています。キリストの顔には光の濃淡が繊細に表現され、その表情は見る者の心に深く語りかけます。特に注目すべきは、キリストが持つ水晶球の描写です。美術史家のジョヴァンニ・カヴァルカセッレは、「とくに宝珠を見れば、正真正銘の熟練の技が明らかだ―それは透明な素材で作られ、手が透けて見える (…)」と述べており、その透明感と精緻な筆致は、ティツィアーノの卓越した技術を証明しています。

作品の評価と影響

「祝福するキリスト」は、ティツィアーノの円熟期における代表作の一つであり、その高い芸術性と精神性は、今日に至るまで多くの人々を魅了しています。この作品は、ルネサンス美術の巨匠であるティツィアーノの卓越した技術と、深い人間理解を体現しており、美術史における重要な位置を占めています。

この作品は、エルミタージュ美術館のコレクションの中でも特に重要な作品の一つとして、世界中の美術愛好家から愛されています。その独特の色彩感覚、光と影の表現、そして人物の内面を捉えた描写は、ルネサンス美術の偉大さを物語る上で欠かせない要素と言えるでしょう。

参考文献

『大エルミタージュ美術館展　世紀の顔・西欧絵画の400年』、国立新美術館、日本テレビ放送網、読売新聞社、エルミタージュ美術館、2012年刊行
五木寛之編著『NHK エルミタージュ美術館 2 ルネサンス・バロック・ロココ』、日本放送出版協会、1989年刊行 ISBN 4-14-008624-6

外部リンク

* エルミタージュ美術館公式サイト、ティツィアーノ『祝福するキリスト』 (英語)

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