神聖な舞曲と世俗的な舞曲

ドビュッシー：神聖な舞曲と世俗的な舞曲

『神聖な舞曲と世俗的な舞曲』（Danse sacrée et Danse profane）は、フランスの作曲家クロード・ドビュッシーによって1904年に生み出された楽曲です。ハープ独奏と弦楽合奏という独特の編成で書かれており、ドビュッシーの作品の中でも特に、その典雅で色彩豊かな響きが際立つ一曲として知られています。

作曲の背景

この作品が誕生した背景には、当時のヨーロッパにおけるハープという楽器の開発競争が深く関わっています。

伝統的なハープは全音階で調律されており、半音階を演奏するためにはペダルを操作して弦の音程を変化させる必要がありました。これに対し、フランスの楽器メーカーであるプレイエル社は、より簡単に半音階の演奏を可能にすることを目指し、弦の数を増やした「半音階ハープ」（クロマティック・ハープ）を開発しました。この新しい楽器は、それぞれの半音に個別の弦を設けることで、従来のペダル操作による制約から解放される可能性を秘めていました。

半音階ハープは開発当初、音楽界からの一定の注目を集め、1900年にはベルギーのブリュッセル王立音楽院にこの楽器の専門講座が開設されるほどでした。プレイエル社は、この革新的な楽器を世に広めるための一環として、1904年に音楽院で開催されるコンクールのための課題曲の作曲をドビュッシーに委嘱しました。これに応える形で、ドビュッシーは同年4月から5月にかけて、この『神聖な舞曲と世俗的な舞曲』を書き上げたのです。

しかしながら、歴史の示すところ、この半音階ハープが広く普及することはなく、エラール社が開発した、改良を重ねたダブル・アクション方式のペダル・ハープが現代の標準的なハープとして確立されました。皮肉なことに、ドビュッシー自身も、委嘱を受けた半音階ハープに特別な魅力を感じていたわけではなく、むしろ従来のペダル・ハープの方が優れていると考えていた節があると伝えられています。そのため、現在この作品が演奏される際にも、通常はペダル・ハープが用いられています。

当時の楽器開発競争を示すエピソードとして、エラール社はプレイエル社に対抗するため、モーリス・ラヴェルに自社のペダル・ハープの優れた性能を示すための作品の作曲を依頼しました。こうして生まれたのが、同じくハープと室内アンサンブルのための傑作『序奏とアレグロ』です。この二つの作品は、奇しくも同時期に、異なるメーカーのハープのために、フランスの二人の巨匠によって書かれたという興味深い関係にあります。

初演

本作の初演は、作曲された年の1904年11月6日に行われました。ハープ独奏はヴュルムゼ＝デルクール夫人が務め、エドゥアール・コロンヌがコンセール・コロンヌを指揮しました。

楽曲構成

この作品は、標題が示す通り「神聖な舞曲」と「世俗的な舞曲」という、性格の異なる二つの楽章から構成されています。これら二つの楽章は、間に切れ目なく続けて演奏されるように書かれています。全曲を通しての演奏時間は、およそ9分程度です。

神聖な舞曲（Danse sacrée）
最初の楽章は、トレ・モデレ（Très modéré）、すなわち「非常にほどよく」の速度で始まります。調性はニ短調、拍子は2分の3拍子です。厳かで荘厳な雰囲気を持つこの楽章は、古来の宗教的な儀式や踊りを思わせるような静けさと深い響きを持っています。

世俗的な舞曲（Danse profane）
続く第二楽章は、モデレ（Modéré）、つまり「ほどよく」の速度指示を持ち、ニ長調、4分の3拍子で書かれています。一転して明るく、軽快でリズミカルな性格を持ち、優雅で洗練されたワルツのような響きを呈しています。こちらは、より日常的で人間的な、あるいは世俗的な喜びや優美さを表現しているかのようです。

この二つの舞曲は、それぞれ異なる表情を持ちながらも、ニ短調からニ長調へと移り変わる調性の関係や、ドビュッシー特有の豊かな和声と繊細なオーケストレーションによって統一感を保ち、全体として一つの洗練された音楽世界を構築しています。

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