神野寺 (君津市)

神野寺

千葉県君津市の鹿野山に静かに佇む神野寺（じんやじ）は、真言宗智山派に属する寺院です。鹿野山琳聖院とも称され、薬師如来と軍荼利明王を本尊としています。

由緒と歴史

寺院に伝わる由緒によれば、神野寺は推古天皇の時代にあたる598年、聖徳太子によって創建されたと伝えられています。これは関東地方における最も古い寺院の一つとされる根拠となっています。その後、永正年間（1504年～1521年）には、真言宗の僧である弘範によって中興され、寺勢を立て直したとされています。

神野寺の境内には、悠久の歴史を物語る貴重な文化財が残されています。特に知られるのは、室町時代に建立されたとされる表門（四脚門）です。この門は、1916年（大正5年）に当時の古社寺保存法に基づき特別保護建造物に指定され、これは現在の国の重要文化財に相当します。その他にも、本堂は千葉県の指定有形文化財となっており、また境内にある鹿野山の大桑は県の天然記念物に指定されています。これらの文化財は、神野寺が歩んできた長い歴史と、地域におけるその重要性を示しています。

昭和の出来事：虎脱走事件

神野寺の名を全国に知らしめることになった、ある特異な出来事があります。それは1979年（昭和54年）8月2日夜に発生した、寺の敷地内に併設されていた動物園からのベンガルトラの脱走事件です。

この夜、飼育されていた3頭のベンガルトラが檻から逃げ出しました。うち1頭はすぐに戻って捕獲されましたが、生後約1年で体重約100キロ、体長約1.5メートルという若いオスとメスの2頭の行方が分からなくなりました。

翌3日未明に寺からの通報を受けた千葉県警察は、直ちに現地対策本部を設置。警察官、消防団員、地元の猟友会員など、総勢約500人にも及ぶ大規模な捜索隊が編成されました。同時に、周辺住民に対しては安全確保のため外出自粛要請が出され、地域社会に大きな緊張が走りました。

捜索が続く中、脱走したメスは4日朝に残念ながら射殺されることとなりました。この措置に対し、全国の動物愛護団体などから「殺さないで」「かわいそうだ」といった批判や苦情が多数寄せられました。さらに、寺の住職が「時間的な余裕があったのだから射殺しなくてもよかったのではないか」と発言したことが、捜索に協力していた猟友会の強い反発を招き、一時的に捜索活動が中断される事態に発展しました。

事件発生から27日後の8月28日早朝、近隣住民が飼っていた犬がトラに襲われて犠牲になっているのが発見されました。これを受け、千葉県警内で射撃能力の高い隊員で構成された「トラ捜索選抜隊」と猟友会が合同で山中を再捜索。同日中に、長期間にわたり逃走を続けていたオスのトラも発見され、射殺されました。

この事件を契機に、神野寺は猛獣類の飼育を停止し、他の動物園に引き渡すなどして動物園事業を縮小しました。また、自治体レベルでは猛獣をはじめとする危険な動物の飼育や管理に関する条例整備が進められるなど、社会的な影響も小さくありませんでした。

事件当時、神野寺に隣接するマザー牧場では8月4日にロックコンサートイベントが予定されていましたが、脱走事件の影響で中止となりました。このイベントに出演予定だったRCサクセション（忌野清志郎）は、後に9月15日の渋谷屋根裏でのライブを「トラ追悼コンサート」と銘打って行いました。

詩人の石垣りんは、エッセイ『焔に手をかざして』の中で、事件解決後に報道された、供養のためにトラの塔婆が三本立てられた写真に触れ、寺の本意がトラの供養にあり、犠牲となった犬への供養は世間体を考慮したものではないかと考察を述べています。また、捕獲されたもう1頭のトラは動物商へ引き渡されましたが、この事件に関する経緯から、各地で引き取りを拒否され続けました。

近年の災害と復旧

2019年9月には、関東地方を襲った令和元年房総半島台風（台風15号）により、神野寺も甚大な被害を受けました。国の重要文化財である表門は全壊し、その他にも旧護摩堂や奥の院などが被災しました。しかし、全壊した表門はその後保存修理工事が行われ、2020年1月16日から2021年12月31日にかけて実施された工事により無事復旧を果たしました。

神野寺は、聖徳太子開基の古刹としての歴史、貴重な文化財、そして社会に大きな影響を与えた虎脱走事件や近年の災害からの復旧など、多様な側面を持つ寺院として、今日も鹿野山にその姿をとどめています。

文化財

• - 重要文化財（国指定）

- 表門（四脚門）：室町時代の建築。1916年指定。

• - 千葉県指定有形文化財

- 本堂

• - 千葉県指定天然記念物

- 鹿野山の大桑

所在地

千葉県君津市鹿野山324-1

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