福王寺薬師堂

福王寺薬師堂（野津田薬師堂）

東京都町田市野津田町の豊かな自然に囲まれた薬師池公園。その北西の一角に、静かにたたずむ歴史あるお堂があります。これが正式名称を福王寺薬師堂といい、古くから地元では「野津田薬師堂」の通称で親しまれています。この薬師堂は、地域の信仰を集める大切な場所であるとともに、千年以上にも及ぶ長い歴史を持つ古刹として知られています。

歴史と沿革

福王寺薬師堂の起源は、遠く奈良時代の天平年間（西暦729年から749年）にまで遡ると伝えられています。この頃、著名な高僧であった行基菩薩が、人々の病苦を救う薬師如来の像を自ら彫刻し、これを安置したのが薬師堂の始まりとされています。当初、この薬師堂は現在の場所よりもやや北方に建立されていました。

しかし、南北朝時代の動乱期、建武の新政に反旗を翻した足利尊氏方と、南朝方を率いた新田義貞勢力が各地で激しい戦いを繰り広げる中で、野津田の地も戦火に見舞われます。残念ながら、この兵火によって当初の薬師堂は焼失してしまったと伝えられています。

その後、戦国時代の末期にあたる元亀4年（1576年）に、僧の興満によって現在の野津田町字暖沢の地に再興されました。この再興の際に、現在の名称である福王寺薬師堂と呼ばれるようになったと考えられています。江戸時代を通じて地域の人々の信仰を集め、時代の変遷を経て、明治時代に入った明治16年（1883年）に、現在の姿のお堂が再建されました。

そして、比較的新しい出来事として、昭和62年（1987年）には、長年にわたり本尊として祀られてきた薬師如来坐像が、その優れた造形と歴史的価値が認められ、町田市の有形文化財に指定されました。

本尊：木造薬師如来坐像

福王寺薬師堂の本尊として祀られているのは、町田市の有形文化財に指定されている「木造薬師如来坐像」です。この仏像は、欅（ケヤキ）の木材を一本そのまま用いて彫り出された力強い「一木造り」という古式の技法で作られています。表面には彩色や漆などは施されず、欅材本来の木目を生かした素地仕上げとなっており、木肌の温かみや力強さが感じられます。

眼の部分には、ガラス玉などを嵌め込むのではなく、木に直接彫刻を施す「彫眼」という技法が用いられています。これにより、仏様の深い慈悲と智慧に満ちたまなざしが表現されています。像高などは公表されていませんが、堂内に安置された姿は荘厳な雰囲気を持っています。

この本尊像は、普段は秘仏とされており、常時拝観することはできません。しかし、寅年に当たる年には、縁起の良い特別な機会として、例年4月から5月頃にかけて期間を定めて御開帳が行われます。この期間には、多くの方が遠方からも訪れ、秘仏とされてきた本尊を拝観する機会を得ています。

管理と地域との関わり

福王寺薬師堂は、特定の大きなお寺に属しているというよりは、地域の信仰心によって支えられてきた歴史があります。現在、この薬師堂の管理は、同じ町田市野津田町にある野津田華厳院が行っています。地域の重要な宗教施設、そして貴重な文化財として、大切に維持管理されています。

薬師池公園は、四季折々の美しい花々や緑が楽しめる市民の憩いの場ですが、その中に福王寺薬師堂が佇んでいることで、公園全体の歴史的な奥行きが増しています。かつては薬師堂が先にあり、その周辺に公園が整備されたという経緯もあり、この場所の核ともいえる存在です。

福王寺薬師堂に関する情報は、『新編武蔵風土記稿』のような江戸時代の地誌にも記載されており、その古くからの由緒が伺えます。町田市公式サイトや町田市観光ガイドでも紹介されており、地域の文化財として広く認識されています。

古来より地域の安寧と人々の健康を願ってきた福王寺薬師堂。その長い歴史と、貴重な本尊は、今後も町田市の文化遺産として受け継がれていくことでしょう。

もう一度検索