私たちの望むものは 音楽舎春場所実況録音

1970年代初頭、日本のフォーク・ロックシーンを牽引した岡林信康が、同年8月にURCレコードからリリースしたライブ・アルバムが『私たちの望むものは 音楽舎春場所実況録音』である。

この作品は、岡林が精力的に活動を展開していた1970年春に行われた二つの重要なライブの模様を捉えている。一つは4月12日に文京公会堂で開催されたイベント『ロック叛乱祭』、もう一つは4月24日に渋谷公会堂で行われた『岡林信康壮行会』だ。特に後者の「壮行会」という名称は、当時の岡林がキューバへの渡航を検討していた時期であったことを示唆しており、収録曲のMCでもそのことに触れられている。

本作の最大の価値は、公式なライブ録音として残されることが少なかった楽曲の貴重なパフォーマンスを収めている点にある。「NHKに捧げる唄」や「ラブ・ゼネレーション」といった代表曲でありながら、ライブテイクが入手困難だった音源が収録されていることは、当時のファンにとってはもちろん、後年のリスナーにとっても資料的価値が高い。また、単なる演奏の記録に留まらず、各楽曲の前後に挿入されたMCも聞きどころの一つである。当時の社会状況や自身の内面に言及したり、「それで自由になったのかい」演奏中にギターの弦が切れるハプニングがあったり、「性と文化の革命」についての解説、さらには私的な人間関係（吉田日出子との関係や、ジャックスの早川義夫との共作について）にまで踏み込んだりするなど、率直な語りが収められており、アーティストの人間像を垣間見ることができる。はしだのりひこや井上博に関する言及も、当時の音楽界との繋がりを感じさせる。

各ライブを支えたバンドも、当時の日本のロック・フォークシーンにおいて重要な存在だった。文京公会堂でのライブには、渡辺勝を中心とするグループQが参加。渋谷公会堂でのライブでは、後に細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂を擁する伝説的なバンド、はっぴいえんどがバックを務めている。それぞれのバンドが岡林の楽曲にどのような彩りを加えているかを聞き比べるのも興味深い。

興味深いことに、本作は当初、URCレコードからカセットテープのみでリリースされた。レコードやCDが主流となる以前の時代、このような形態での発売は珍しい。その後、長い間入手困難な状態が続いていたが、発表から39年の時を経て、2009年に初めてCDとして復刻された。なお、本作に収録されている『岡林信康壮行会』の模様は、1979年に『'70 岡林信康ロックコンサートPartII (岡林信康壮行会)』というタイトルでも発売されているが、本作は「ロック叛乱祭」の音源も含んでいる点で独自性を持つ。

収録曲は以下の通り。

Side A
今日をこえて - 演奏後、近況や曲について語る。
自由への長い旅 - キューバへの渡航について言及。
おまわりさんに捧げる唄 - 演奏後、「性と文化の革命」について話す。
性と文化の革命 - 演奏後、曲について解説。はしだのりひこや井上博に触れる。
それで自由になったのかい - 演奏中にギターの弦が切れる。
Side B
チューリップのアップリケ - ギター弾き語り。
山谷ブルース - ギター弾き語り。
お父帰れや - ギター弾き語り。
NHKに捧げる唄 - ピアノ演奏。吉田日出子とのデュエット、関係について語る。早川義夫との共作にも触れる。
私たちの望むものは
ラブ・ゼネレーション
今日をこえて

『私たちの望むものは 音楽舎春場所実況録音』は、単なるライブ盤としてだけでなく、1970年代初頭の日本の音楽シーンの一断面、そして「フォークの神様」と呼ばれた岡林信康の当時の思想や心情、熱気を伝える貴重なドキュメントとして、今なお多くのリスナーに聞かれ続けている作品である。

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