私堰埭

私堰埭：唐代江淮地方の水運と私的利権

唐代、中国の経済と政治を支えた重要な要素として、江淮地方からの物資輸送、すなわち漕運がありました。江淮地方は豊かな穀倉地帯であり、「江浙熟すれば天下足る」「天下賦税仰仗江淮」と評されるほど、その生産力は国家の命運を握るほどのものでした。首都長安への食料供給は、漕運の盛衰に大きく依存していたのです。

しかし、隋の煬帝によって開削された大運河も、その支流や小運河を含め、唐代を通じて完璧に整備されていたわけではありませんでした。そのため、船舶の通行は常に困難を伴い、多くの問題を抱えていました。こうした状況の中、私的な勢力が現れ、河川をせき止めて水量を調整し、通行する船舶から通行料を徴収するようになりました。これが、私堰埭です。

私堰埭の構造と実態

私堰埭は、主に泥土と草などを混ぜ合わせたもので河川をせき止め、上流の水量を確保することで船舶の通行を可能にしていました。船舶は人力によって堰を越えていたと考えられています。

史料『旧唐書』には、元和3年（808年）に江淮地方の私堰埭22カ所が廃止されたという記述があり、その存在が漕運に影響を与えていたことが分かります。また、『新唐書』にも私堰埭による通行料徴収に関する記述が見られます。これらの史料から、私堰埭が相当数存在し、漕運の運営に大きな影響を与えていたことが推測できます。しかしながら、私堰埭に関する詳細な研究は未だ進んでおらず、その実態は多くの謎に包まれています。

他の時代における類似事例

私堰埭のような私的な堰の運営は、唐代に限ったものではありませんでした。『旧五代史』や『宋史』『南史』などにも、同様の記述が散見されます。これらは、中国において、水運を巡る私的な利権が、時代を超えて存在していたことを示唆しています。

私堰埭と唐代の漕運

唐代の漕運は、国家の存亡を左右する重要なインフラでした。私堰埭の存在は、漕運の円滑な運営を阻害する要因の一つではありましたが、同時に、私的な経済活動や地方社会の自立性を反映した側面も持っていたと考えられます。私堰埭の研究は、唐代の経済史、社会史、そして水運史を理解する上で、重要な役割を果たすでしょう。

まとめ

私堰埭は、唐代江淮地方の水運において重要な役割を果たした私的な閘門でした。その構造や運営方法、そして漕運への影響については、今後の研究が待たれます。しかしながら、現存する史料から、私堰埭が唐代の社会経済に深く関与していたこと、そしてその存在が水運の私有化という問題を示していたことは明らかです。この研究は、中国古代史、特に漕運史や経済史の理解を深める上で重要な手がかりとなるでしょう。

参考文献

星斌夫著『大運河 中国の漕運』 世界史研究双書3:近藤出版社、1971年
星斌夫「漕運」（『アジア歴史事典 5』（平凡社、1984年）)
田口宏二朗「漕運」『歴史学事典 12王と国家』（弘文堂、2005年） ISBN 978-4-335-21043-3
京都大学文学部東洋史研究室 編『新編東洋史辞典』（東京創元社、1980年）ISBN 978-4-488-00310-4

関連項目

漕運
漕運通志
塩鉄転運使
巡院

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