秋田騒動

秋田騒動：銀札が招いた久保田藩の混乱

秋田騒動は、宝暦7年（1757年）に久保田藩（秋田藩・佐竹藩）で発生した、銀札（銀の兌換券）を巡る大規模な騒動です。この騒動は、藩財政の窮乏を打開しようとした藩の政策が、思わぬ事態を招き、多くの犠牲者を生む結果となりました。

騒動の背景

当時の久保田藩は、慢性的な財政難に苦しんでいました。藩は、この状況を打開するために、銀札の発行を幕府に願い出ます。宝暦4年（1754年）6月27日のことでした。この政策を推進したのは、商人の森元小兵衛の進言を受けた財用奉行の川又善左衛門でした。藩が幕府に提出した「御伺書付」には、財政難と領民の困窮を訴え、銀札発行によって商業を活性化し、藩士、商人、農民を救済したいという意図が記されていました。仙台藩や白河藩での藩札発行の成功例も参考にされていました。

幕府は、勘定頭の一色周防守を通して、「秋田藩は銀の産出が多いのではないか」「銀札発行が他藩の妨げにならないか」という2つの質問を投げかけました。これに対し藩は、「銀札は藩内の富裕町人・百姓を札元とする兌換券であり、問題は発生しない」と回答し、同年7月30日に銀札発行の許可を得ました。同年10月11日、川又善左衛門は銀札発行の経緯を説明する「上意之覚」を配布し、藩士や庶民の理解を求めました。しかし、札元の選定は難航し、最終的に見上新右衛門や伊多波武助ら34名が札元となりました。

銀札の実施とその影響

宝暦5年（1755年）2月5日、銀札の利用に関する規定が定められ、銀札が実施されました。規定では、銀札と正銀を併用すること、金や銀での取引における両替相場、他藩の商人や旅人は正銀を通用することなどが定められていました。しかし、幕府との公約とは裏腹に、最初から打歩（手数料）が設定されていました。

銀札が実施されると、その価値はたちまち下落し、人々は正金銀を退蔵し、銀札を正銀に交換しようと取引所に殺到しました。わずか1ヶ月で兌換自由の規定は見直され、3月25日には兌換が一切認められなくなりました。さらに、他藩への正銀支払いにも厳しい制限が課せられました。こうした対応は、人々の銀札への不信感を深めることになりました。

藩は、退蔵されている金銀や銭、米を摘発するために、久保田城下の家宅捜索を行いましたが、事前に情報が漏洩していたため、期待した成果は得られませんでした。その後も、藩は銀札の使用を強制するなどの対策を講じましたが、状況は悪化する一方でした。宝暦5年は飢饉が予想されたため、藩は米を買い上げる「御買米仕法」を実施しましたが、銀札の乱発により米価は高騰したままでした。

騒動の激化と関係者の処分

宝暦6年（1756年）11月16日、家老の真壁掃部助や銀札奉行の赤石藤左衛門らが罷免・改易となりました。これは、「御買米仕法」における米の買い上げ価格を独断で決定したことが理由でした。銀札によるインフレーションを抑制するため、米価を下げる必要があったのです。12月には、久保田藩の家臣が集まり会議が開かれましたが、結論は出ず、藩主に判断を委ねる事態となりました。

宝暦7年（1757年）1月20日には、美濃国の多羅尾村の住民が、銀札での茶の代金が支払われないことを幕府に訴え出るという事件が発生しました。銀札発行が他藩の妨げにならないと約束していた久保田藩は、この事態に慌てふためき、多羅尾村への手厚い対応と即時兌換によって訴えを取り下げさせました。しかし、この事件の責任を取り、白土奥右衛門ら銀札奉行が辞任することになりました。

2月11日、平本茂助が中心となり、銀札仕法は4度目の改革を迎えました。平本の改革は、銀札派官僚の権限を抑制し、商人の自由な取引を認めるものでした。この改革により、銀札の価値は一時的に回復しましたが、藩内の対立は深刻化していきました。

藩内での対立と騒動の終息

銀札政策を巡り、藩内では家老の石塚孫太郎と梅津外記の間で激しい対立が繰り広げられました。石塚らは、角館の佐竹義邦と連携し、銀札執行派の勢力拡大を阻止しようと画策しました。一方、梅津外記らは、会所政治への不満を募らせていました。こうした対立は、藩主の佐竹義明にも伝わり、事態は混迷を深めていきました。

5月18日、久保田への帰国を目前にした藩主佐竹義明は、突如佐竹義邦、佐竹義智、石塚孫太郎、岡本又太郎に謹慎を命じました。5月19日には、久保田に到着した義明は、佐竹図書らを「逆意之萌明白」として断罪しようとしました。しかし、銀札の失敗は、もはや取り返しがつかない状況となっていました。

5月26日、義明は旧銀札派の側近や家老を一掃し、那珂忠左衛門らも糾明を受けることになりました。那珂らは草生津で処刑され、総勢40人が処分されました。

6月28日、藩は銀札への最終的な対応を決定し、7月7日をもって銀札の発行を禁止し、以後は一匁の銀札を一文の金額で10年かけて兌換することとしました。この決定は、領民の不満を招きましたが、従わざるを得ませんでした。銀札は、額面の70分の1に切り下げられたことになります。しかも、10年かけて兌換するという約束も、わずか1ヶ月で終了してしまいました。

秋田杉直物語とお百

秋田騒動は、講談や小説、歌舞伎などの題材として繰り返し取り上げられてきました。特に、『秋田杉直物語』は、秋田騒動をお家騒動として描いた作品として知られています。また、この騒動は、悪女「妲己のお百」との結びつきも広く知られています。

その後

宝暦の銀札の失敗から約80年後の天保11年（1840年）に、再び藩札が発行されました。この藩札は、銅山や銀山付近でのみ通用したとされますが、実際には領内にも広く流通していました。この時は、騒動もなく、兌換も適切に行われました。その後、幕末にも秋田藩は藩札を発行しています。

秋田騒動は、藩財政の立て直しを目指した政策が、思わぬ混乱を招き、多くの人々の生活を苦しめた悲劇として、歴史に刻まれています。

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