伊多波武助

伊多波武助：秋田藩を支えた伊勢商人の足跡

伊多波武助（いたば ぶすけ）は、江戸時代に秋田で活躍した伊勢商人です。久保田藩の御用商人として藩の財政に貢献し、巨万の富を築き上げました。その功績により武士に取り立てられ、秋田県北部の寺社には彼の寄進によるものが数多く残っています。

初代・伊多波武助

初代・武助は、通称を武助、実名を重行といい、伊勢国多気郡波多瀬村（現在の三重県多気町）の出身です。元は高橋姓を名乗り、松坂屋と称していました。秋田藩佐竹氏に仕える際、郷里にちなんだ「伊多波」姓を名乗るようになります。出羽国秋田郡比内岩瀬村（現在の秋田県大館市）で長慶金山の経営にも従事し、1755年（宝暦5年）に秋田藩主・佐竹義明から「多年金銀御調達或ハ献納功労」によって家禄500石を与えられました。

当時の秋田藩領は、全国でも有数の鉱産地であり、武助は鉱山師として長年にわたり藩財政に貢献し、士分に取り立てられたのです。彼は秋田藩における新家武士の第一号となりました。同年、秋田藩は財政難から銀の兌換券を発行する銀札政策を採りますが、伊多波武助はその兌換を担当する「札元」の一人に指名されます。しかし、1757年（宝暦7年）に銀札政策は完全に失敗し、秋田騒動と呼ばれる騒動に発展。銀の兌換を担当した札元の多くは潰れ、責任者多数が切腹などの処分を受けました。

その後、武助は隠居して岩瀬から秋田に移り、「以来数十年来御用向相勤、銀穀莫大ニ献納、且銅鉛山御仕入年来戮力（りくりょく）、御国益ヲ取計」ったことにより、御紋附御羽織と御蔵出米100石を与えられ、家紋は五三の桐で永世許可されました。

武助が秋田で莫大な利益を得ていることを知った紀州藩は、彼が元々高橋姓であったにもかかわらず勝手に名字を変えたことを問い詰め、上納金を請求して帰国を命じました。高齢を理由に帰国を渋ると、親戚を迎えにやると言われ、やむなく帰国。紀州藩の財政に貢献したものの、感謝されることはなく、伊多波家の鉱山稼業が縮小されると、紀州藩との縁は完全に途絶えました。

藩の鉱山政策について献策した案を藩が採用して老中に説明したことが『石井忠行日記』に記されており、また、秋田藩の金策のために大坂に出向いたこともあります。

二代目・伊多波武助

二代目の長蔵は、実名を重克といい、武助の名を世襲しました。初代・重行の甥にあたり、伊勢国一志郡竹原村（現 三重県津市美杉町竹原）の出身です。養子として重行とともに秋田に移住し、1763年に家督を継ぎ、1769年（明和6年）には家禄500石を加増され1,000石となっています。

三代目以後

1781年（天明元年）9月5日、三代目は身分不相応な華美な生活と国法を犯したことにより、厳罰に処せられるところでしたが、初代の功績により組下の地位と高禄が召し上げられる処分が下り、俸祿500石が下され岩瀬村での逼塞を命じられました。

伊多波家の系図は1871年（明治4年）まで続き、伊多波氏が鉱山師として藩に貢献し、藩も伊多波氏を重用していた様子がうかがえます。重行・重克の秋田（岩瀬村）移住は、系図から元禄期以降と推定されますが、系図の冒頭部分には「吾祖……元禄年間有故テ」岩瀬村に移住したと記されており、彼ら以前に伊勢から関わりのある者が移ったと見るべきでしょう。こうした移住の背景には、初代武助の故郷にあった丹生鉱山の水銀採掘技術が考えられ、そういった技術者集団の動きや、採掘・精錬技術の伝播が考えられます。

江戸時代の記録

古川古松軒の著書『東遊雑記』には、「板場武助と称す豪家あり。家造りも至って美々しく、かかる辺鄙にも都がたにも稀なる家もあるやとおのおの立ち止まり見物せしほどなり。高一万石余り、富饒もて、今佐竹候御用達にて、鑓・乗馬等御免にて士格なり」と、古川古松軒が感心するほどの屋敷を岩瀬村にかまえていたことが記されています。また、現在の秋田市土崎港中央4丁目2には佐竹家から屋敷を拝領し、港の警衛を行う一方、魚物問屋なども営んでいました。

高山彦九郎も1790年にこの地方を訪れ、『北行記』に伊多波武助のことを記録しています。そこでは平鉱山（太良鉱山）が1745年から1749年までの5年間、伊多波武助が受山として稼業したことや、岩瀬川の近くにあった松坂屋武助（伊多波武助）の富家のことを記述しています。（太良鉱山跡地は現在個人所有のため立ち入りは出来ませんが、その跡地には伊多波武助の石の宝塔が現存しています。）

伊能忠敬による『測量日記』（1802年）にも、岩瀬村にあった伊多波武助の屋敷のことが記録されています。岩瀬村には200軒ほどの家屋敷があり、その中に門塀がある伊多波武助の屋敷があり、久保田藩から500石で家中になっていることや、元は松坂屋といって遠国から来た商人であったことを記しています。

平賀源内と伊多波武助

平賀源内が角館の藩士に宛てた書状に記された、小田野直武の俗称である「武助」という文字が、平賀源内と小田野直武が角館で出会ったとする証拠だとする通説があります。しかし、秋田県立近代美術館の主任学芸主事である山本丈志は、手紙には「武助殿」という敬称が使われていることから、50前の平賀源内が25歳の小田野直武に敬称を付けるのは不自然であり、これは平賀源内と同じ鉱山の技術を持っていた伊多波武助を指しているのではないかと指摘しています。

民話

昔、北秋田郡早口村田代岳の付近の村に九州か四国から親子で旅に出たが、途中で親に死なれた13歳ばかりの孤児が来た。この少年はコウレン売りとぶつかり売物のコウレンをめちゃめちゃにしてしまった。弁償したくてもその少年にはお金が無かったため、村人達が集まり金を出して弁償してやることにした。すると少年は「割れた分だけの代金を払ってほしい」と申し出た。これを聞いていた村人の一人が、なかなか見どころがある小僧だと思い自分の家に連れて帰った。ある日のこと、この少年が囲炉裏火にあたりながら灰を掻き回していると金を発見する。少年は囲炉裏に焚く柴に金粉がついてくるのだと思い、柴山に行ってみると、金山であった。これが長慶鉱山の発見の経緯で、この少年が伊多波武助であったという民話が残されています。

参考文献

勢和村史
田代町史
田代町史研究　みつがしわ　第4号、2000年2月、田代町刊 - 町史編纂委員長の伊多波英夫が長慶金山や伊多波氏のことを詳細に記録している
江戸アートナビ

関連項目

長慶金山
秋田藩

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