稲垣足穂

稲垣足穂：時代を駆け抜けた異才の小説家

稲垣足穂（いながき たるほ、1900年12月26日 - 1977年10月25日）は、日本の小説家であり、その作品は、大正から昭和にかけての時代を彩りました。大阪に生まれ、幼少期から謡曲や仕舞に親しみ、映画や飛行機に強い憧れを抱きました。これらの経験が、彼の作品に大きな影響を与えています。

飛行家を夢見て

稲垣は、幼い頃からの夢であった飛行家を目指し、日本飛行学校に入学しようと上京しますが、視力の問題で断念します。この挫折は彼にとって大きな衝撃であり、一時自殺を考えるほどでした。しかし、この経験が彼の文学作品に昇華され、独特な飛行願望やメカニズムへの愛好というテーマを生み出すきっかけとなりました。

文壇デビューとモダニズム文学の旗手

関西学院を卒業後、稲垣は複葉機製作に携わった後、再び上京。佐藤春夫に『一千一秒物語』の原型を送ったことがきっかけで、佐藤の知遇を得て文壇への足がかりを築きます。1923年には、『一千一秒物語』を刊行し、その斬新な作風でモダニズム文学の新星として注目を集めました。しかし、関東大震災の影響で西巣鴨へ移住することになります。

新感覚派との交流と文壇からの離脱

『文藝春秋』『新潮』『新青年』などの雑誌を中心に作品を発表し、新感覚派の一角とみなされます。江戸川乱歩とも交流を深めましたが、佐藤春夫との決別を機に文壇から距離を置くようになります。

沈黙と復活、そして晩年

文壇を離れた稲垣は、故郷の明石に戻り、作品の整理や浄書に没頭します。その後、生活のために衣装店を経営しますが、経営難に陥り、各地を転々とします。1950年に結婚し京都へ移り住んでからは、過去の作品の改稿に力を入れ、精力的に作品を発表しました。

佐藤春夫の死後、三島由紀夫の尽力により『少年愛の美学』が日本文学大賞を受賞。これにより、再び注目を集め、「タルホ」ブームが巻き起こります。1977年、稲垣は結腸癌のため京都市内の病院で亡くなりました。

作品の特徴と評価

稲垣足穂の作品は、抽象的な思考、飛行への憧憬、メカニズムへの愛好、エロティシズム、天体などをモチーフにした独特な世界観が特徴です。『一千一秒物語』に代表されるように、幻想的で詩的な文体、斬新な表現技法は、多くの読者や批評家を魅了しました。

芥川龍之介は彼の作品を評して「大きな三日月に腰掛けているイナガキ君」と表現し、宇野浩二は「新鮮な特異な物語」と評しました。澁澤龍彦は稲垣のエッセイ『A感覚とV感覚』を独自のエロス論として高く評価し、多くの文化人から尊敬を集めました。

稲垣足穂は、その独特な感性と世界観で、日本の近代文学に大きな足跡を残しました。彼の作品は、今なお多くの読者に愛され続けています。

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