稲核風穴

稲核風穴とは

稲核風穴（いねこきふうけつ）は、長野県松本市安曇稲核に位置する風穴です。梓川の流域、稲核集落から少し上流にあり、道の駅風穴の里の近くにあります。この風穴は、2013年5月に産業考古学会によって、全国で88番目、長野県内では6番目の推薦産業遺産として認定されました。

歴史と概要

稲核風穴は、古くから地元の人々によって食料の保存場所として利用されてきました。明治時代に入ると、前田喜三郎によって蚕卵紙の保存・貯蔵事業が開始され、昭和時代まで続きました。そのため、「前田家風穴」とも呼ばれています。現在も、当時の木造2階建ての建物が風穴を囲むように残っています。

風穴から流れ出る冷たい空気を利用して、蚕卵紙の孵化時期を調整するという画期的な方法が考案されました。これにより、養蚕農家は繁忙期を分散させることができ、蚕の安定的な飼育につながりました。この技術は稲核から全国に広がり、世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の一部である「荒船風穴」は、稲核風穴の建物を原型にしていると言われています。

養蚕業における稲核風穴

稲核風穴は、風穴を冷蔵に利用する養蚕業の起源となりました。慶応2年（1866年）には、輸出されたものの過剰となり日本に返送された蚕種を、稲核風穴に保存しておいたところ、大遅霜で被害を受けた際に利用できたことで、風穴を利用した冷蔵技術が注目されました。明治11年（1878年）には、風穴蚕種の製造が政府によって許可され、風穴を利用した年間多回飼育が全国に広がりました。

しかし、大正時代に入ると風穴を利用した蚕種貯蔵は減少し、昭和10年（1935年）にはほぼなくなりました。これは、大正3年（1914年）に愛知県の小池弘三が開発した人工孵化技術が普及したためです。この技術は、蚕種を塩酸に浸して越年状態から強制的に孵化させるものでした。また、風穴は交通の便が悪い山中にあることが多く、冷蔵庫の利用が検討されるようになりました。明治41年（1908年）には、冷蔵庫で保存した蚕種と風穴で保存した蚕種に大きな違いがないことが研究で示されています。冷蔵庫の普及により、風穴は養蚕に利用されなくなっていきました。

東日本大震災と稲核風穴

2011年3月11日に発生した東日本大震災では、多くの人命と物が失われました。電力供給が不安定になったため、貴重な蚕の系統を電力に頼らずに冷凍保存する必要が生じました。そこで、稲核風穴内にこれらの蚕が保存されることになりました。これは、風穴が自然エネルギーを利用した保存技術として再び注目された事例です。

所在地とアクセス

所在地：長野県松本市安曇稲核

アクセス：道の駅風穴の里から徒歩

関連文献

柿下愛美、大塚勉「長野県松本市安曇稲核地域に発達する風穴の地質学的成因」（PDF）『信州大学環境科学年報』第34号、2012年、52-57頁、2013年7月2日閲覧。

外部リンク

近代化遺産を歩く 26. 蚕種保管用としての稲核風穴 松本市（明治－大正建設） - 市民タイムス

もう一度検索