立山カルデラ

立山カルデラとは

富山県南東部に広がる立山カルデラは、雄大な立山連峰の一部を構成する立山火山に属しています。この特異な地形は、2007年には富山県の魚津埋没林と共に日本の地質百選に選ばれ、その学術的・地形的な価値が広く認められています。

地形と景観

立山カルデラは、北には天狗山や国見岳、東には龍王岳や獅子岳、南には鷲岳や鳶山といった山々を外輪山として抱き、西側が開いた形状をしています。その規模は東西におよそ6.5キロメートル、南北におよそ5.0キロメートルに及びます。かつては約10万年前の噴火による陥没で形成されたと考えられていましたが、現在では立山火山の崩壊と長い年月をかけた侵食作用によって形作られた「侵食カルデラ」であるとの見方が有力です。このため、一部の研究者からは厳密な意味でのカルデラとは呼びたくないという意見も聞かれます。カルデラ内には、泥鰌池や多枝原池、刈込池といった小さな湖沼が点在しており、これらは主に土砂が流れ込むことでできた堰止湖です。一部の湖沼では、過去に放流されたニジマスやフナなどが自然繁殖を繰り返しています。

また、この地域には、かつて立山からザラ峠、針ノ木峠を経て大町へ至る「立山新道」と呼ばれる古道が存在しました。古道沿いには「立山温泉」という温泉旅館があり、江戸時代には立山信仰の登山者、明治時代以降は北アルプスを目指す登山者や砂防ダム建設の作業員などで賑わいを見せましたが、度重なる水害に見舞われ荒廃が進み、1971年にその長い歴史に幕を閉じました。

壮絶な災害の歴史

立山地域では、約22万年前に西斜面で火山活動が始まり、その後、立山カルデラが生成されました。侵食が進むにつれて、このカルデラが弥陀ヶ原と五色ヶ原という高山湿地帯を隔てる形となりました。

この地を襲った最大の災害の一つが、1858年4月9日に発生した飛越地震です。この地震により、カルデラの南側に位置する大鳶山と小鳶山が大規模に崩壊する「鳶山崩れ」が併発しました。崩壊した大量の土砂は立山カルデラ内へ流れ込み、立山温泉では多くの温泉客と従業員が犠牲となりました。また、常願寺川の上流部では天然のダムが出現しましたが、これが同年4月23日と6月8日の二度にわたって決壊。下流の富山平野に甚大な被害をもたらし、広大な田畑が土砂に埋没し、多数の死者や流失家屋を出しました。この災害により、カルデラ内からザラ峠を越えて北アルプスへアクセスする登山ルートも失われました。

その後も立山カルデラでは度々災害が発生し、近年では1969年の集中豪雨で一部が大きく崩落しました。これにより、前述の立山温泉へのルートが寸断され、旅館廃止の一因ともなりました。近年では、この地の地熱資源に注目が集まり、2016年には旧立山温泉付近での地熱開発に向けた協議会が発足し、調査が進められています。

終わりのない砂防事業

飛越地震後の度重なる土砂流出災害を受け、富山県は1906年（明治39年）に国庫補助を得て、常願寺川上流部での砂防工事に着手しました。しかし、初期に建設された白岩砂防堰堤は1919年と1922年に相次いで破壊され、県の単独事業では困難であることが明らかになりました。このため、1926年（大正15年）には国の直轄事業へと変更されました。

大規模な工事を支えるため、1931年（昭和6年）には千寿ヶ原から白岩間に資材運搬用の砂防工事専用軌道が開通しました。そして、1937年（昭和12年）には日本一の貯砂量を持つ本宮砂防ダム（国の登録有形文化財）が、1939年（昭和14年）には10年の歳月を費やして建設された白岩堰堤（国の重要文化財）が完成しました。白岩堰堤は7基の副ダムを組み合わせた複合体で、高さ63メートル、落差108メートルというスケールは当時、日本一の高さでした。このように、立山における砂防事業は二つの「日本一」を擁する稀有なものです。これらを含む数多くの砂防ダムが、カルデラ内外に築かれ、富山平野への土砂流出を防ぐ役割を果たしています。

作家の幸田文は、立山の砂防工事の様子を描いた著書『崩れ』で大きな感銘を受けたと記しており、カルデラ内にはその功績を称える文学碑も建立されています。

現在でも、立山カルデラには膨大な量の土砂が堆積しており、その量は約2億立方メートル、これは黒部ダムの総貯水量に匹敵すると言われています。もしこの土砂が一度に流れ出せば、富山平野全体が1〜2メートルも埋まってしまうと試算されています。このため、現在も年間約50億円もの予算を投じ、大規模な砂防工事が無期限で続けられています。

ただし、冬期間は20メートルにも達する積雪があるため、工事は毎年4月から10月までの短い期間しか行えません。冬季休止期間には、雪害を防ぐために現地事務所の建物や工事用トロッコの橋脚の大部分が撤去されます。工事が無期限とされているのは、堆積した火山灰土砂の地質が非常に脆弱であり、たとえ強固なコンクリート構造物を築いても、広大な自然の規模から見れば完全に土砂流出を食い止めることは不可能であると考えられているためです。

工事期間中、休止期間を問わず、立山カルデラ内の状況は各所に設置された監視カメラによって24時間体制で厳重に監視されています。万が一の事態が発生した際には、山道を利用した避難やヘリコプターによる救助・避難体制が整えられており、10キロメートル以上離れた立山駅周辺からもヘリコプターでの避難が可能です。このような徹底した砂防対策と管理体制は、世界的にも高い評価を得ています。

文化と保全、そして未来

立山カルデラとその砂防事業は、日本の防災の歴史と文化を象徴する存在として、世界遺産候補にもなっています。2007年には「立山・黒部～防災大国日本のモデル－信仰・砂防・発電－～」をテーマとした提案が行われ、日本の文化遺産として暫定的な位置づけがなされています。

富山県立山町にある立山カルデラ砂防博物館では、立山カルデラの成り立ちや砂防工事の歴史について、貴重な資料や展示を通じて詳しく学ぶことができます。また、博物館では年に数回、立山カルデラの見学会が企画されており、これは郵送またはインターネットでの事前応募・抽選制となっています。見学会に参加すると、普段立ち入ることのできないカルデラ内を、砂防工事用トロッコやバスに乗って見学できる貴重な機会が得られます。

立ち入り制限について

立山カルデラ内は、その脆弱な地質や工事区域であることから、一般の立ち入りが厳しく制限されています。かつての登山ルートは廃道となり、工事関係者のみ通行可能な林道や、砂防工事用トロッコ軌道以外のルートも存在しません。国土交通省および富山県により、立ち入り禁止の看板設置、ゲートの設置、連絡所の管理などが行われており、関係者以外の車両乗り入れや立ち入りは固く禁じられています。カルデラ内部を見学できるのは、主に前述の砂防博物館主催の見学会に限られます。

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