竜馬暗殺

映画『竜馬暗殺』：幕末の混沌と狂騒を描く異色時代劇

『竜馬暗殺』は、1974年に公開されたATGと映画同人社提携による時代劇映画です。監督は黒木和雄、主演は原田芳雄が務め、坂本龍馬が暗殺されるまでの3日間を、16ミリモノクロフィルムで描いています。この作品は、単なる時代劇ではなく、当時の社会情勢や学生運動を重ね合わせたような、独特な世界観が特徴です。

製作の背景

黒木和雄監督にとって、本作は1970年の『日本の悪霊』以来、4年ぶりの新作であり、初の時代劇挑戦となりました。当時、NHK大河ドラマ『勝海舟』の影響で幕末ブームが起きており、ATGがその流れに乗った企画として本作は誕生しました。しかし、黒木監督の真意は、単なる時代劇ではなく、現代劇的な要素を取り入れることにあったとされています。実際、作中では刀をゲバ棒のように振りかざす乱闘シーンや、「侍たちの内ゲバ日常茶飯事ナリ」というテロップが登場するなど、当時の学生運動を彷彿とさせる描写が随所に見られます。脚本を担当した田辺泰志は、この映画製作に際し、「竜馬と同時代の、パリ・コミューンを経験し、世界を変えようと発した詩人のA・ランボーを携えて、加わった」と回顧しており、作品に込められた熱い息吹を今に伝えています。

また、本作の製作は、新宿ゴールデン街のバー「まえだ」の飲み仲間である夏文彦が、黒木監督に「あなたの映画をプロデュースしたい」と持ちかけたことがきっかけでした。その後、企画がATGを通った時点で、黒田征太郎の応援を得て、夏文彦と黒田征太郎の共同製作となりました。製作費は、夏と黒田が調達しましたが、撮影中に資金が底をつき、急遽、ゴールデン街の店で資金を調達して撮影を続行したというエピソードも残っています。そのため、本作は「ゴールデン街が作った映画」とも呼ばれ、その異質な雰囲気を醸し出しています。

ストーリー

物語は、慶応3年（1867年）11月13日から始まります。坂本龍馬は、密偵や刺客から身を隠すため、近江屋の土蔵に潜伏していました。そこで、隣家の娘・幡と出会い、急接近しますが、幡が新撰組隊士・富田三郎と関係があることは知りませんでした。

14日、龍馬は弟の右太と再会し、ええじゃないかの騒ぎに紛れて、友人でありながら自分を狙う中岡慎太郎に会うため出かけます。右太も龍馬の後を追いますが、実は右太は龍馬を狙う薩摩藩士の一人でした。龍馬と慎太郎は再会しますが、慎太郎は監禁されており、龍馬が救出します。3人で逃げる中で、慎太郎は右太が薩摩藩邸にいたことを龍馬に告げます。一方、幡は富田との痴話喧嘩から富田を殺害します。

15日、龍馬と慎太郎は、互いの意見が対立し、龍馬が手配したはずのライフルではなく、写真機が届けられます。龍馬は長崎へ行き、海援隊を再組織することを決意し、薩長を叩くと宣言します。一方、慎太郎は薩長につくと言い、二人は最後の杯を交わします。右太は幡に一緒に逃げようと誘いますが、ためらいます。その直後、右太は何者かに殺され、龍馬と慎太郎も暗殺されます。幡は暗殺者を目撃し、ええじゃないかの騒ぎに紛れるのでした。

キャストとスタッフ

原田芳雄が演じる坂本龍馬は、常に刺客に狙われ、近視で覗き見が得意な人物として描かれています。石橋蓮司が演じる中岡慎太郎は、龍馬の親友でありながら、革命を起こそうとする龍馬を殺そうとする複雑な役どころです。桃井かおりが演じる近江屋の娘・妙は、龍馬の元恋人であり、現在は慎太郎の恋人という設定です。松田優作が演じる右太は、龍馬と親しくなりますが、実は薩摩藩士であり、龍馬暗殺を企てる人物です。中川梨絵が演じる幡は、龍馬と関係を持ちますが、富田を殺害し、暗殺者を目撃するという重要な役割を担っています。

監督の黒木和雄をはじめ、脚本の清水邦夫、田辺泰志、撮影の田村正毅など、才能あるスタッフが集結し、独特な映像美と演出で作品を彩っています。

作品の特徴

『竜馬暗殺』は、一般的な時代劇とは異なり、破天荒でエネルギーに満ちた作品です。16ミリモノクロフィルムで撮影されたザラついた映像や、当時の学生運動を彷彿とさせる演出、そして、登場人物たちの熱い息吹が、作品全体に独特の雰囲気を醸し出しています。また、幕末の混沌とした時代を、現代的な視点から捉え直そうとする試みも感じられます。企画段階では、「幕末の殺気、殺意」を作品に込めることも話し合われたというように、観る者に強烈な印象を与える映画です。

評価

田辺泰志は「幕府を倒したあと、薩長をたゝく」という竜馬の台詞を引いた上で「この映画は今こそ正当に評価されるべし」と述べています。公開当時から、その異質さゆえに、評価が分かれる作品でしたが、今なお、映画ファンから熱い支持を受けています。この作品は、単なる時代劇を超えて、歴史を現代に問いかける力強いメッセージを内包しています。

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