笑福亭枝鶴 (5代目)

笑福亭枝鶴（五代目）

元落語家、五代目笑福亭枝鶴は、昭和20年（1945年）9月5日に生まれ、平成30年（2018年）1月8日に72歳で没した。上方落語の大家、六代目笑福亭松鶴を父に、五代目笑福亭松鶴を祖父に持つ落語一家の出身である。本名は竹内日吉。高座に上がる際の出囃子は『だんじり』を使用し、愛称は身近な人々から「しーちゃん」、父六代目からは親しみを込めて「しー」（幼少期は「しーこ」）と呼ばれていた。

芸歴と波乱

当初、学業に馴染めなかったことがきっかけで、中学卒業を控えた昭和36年（1961年）5月に実父六代目松鶴の門を叩き、落語家の道を歩み始めた。入門当初は笑福亭光鶴と名乗る。昭和38年（1963年）9月からは、二代目桂春蝶が千日前の自安寺を会場に主導した「上方ばなし若手会」の発足メンバーとして参加。春蝶、自身（光鶴）、三代目笑福亭仁鶴、桂小米（後の二代目桂枝雀）、桂朝丸（後の二代目桂ざこば）といった顔ぶれは「若手五人会」と称され、上方落語界の将来を嘱望される存在となった。

昭和45年（1970年）から翌年にかけては、父六代目の意向により三代目桂小文枝（後の五代目桂文枝）の預かり弟子として、吉本興業の花月劇場などで修業を積んだ。笑福亭仁鶴、月亭可朝、桂三枝（現六代桂文枝）、四代目林家小染らと共に高座に上がり、「はなしか団地」といった企画にも出演したが、預かり期間は一年で終了した。

昭和48年（1973年）10月、道頓堀角座で行われた東西落語研精会において、二代目桂枝雀、四代目桂福團治の襲名披露とともに、自身も笑福亭光鶴改め五代目笑福亭枝鶴を襲名した。

しかし、ここから芸道は波乱に満ちたものとなる。昭和53年（1978年）、名古屋大須演芸場近くの芸者との関係から、鉄板焼き店を開くために一度芸界を離れた（これが最初の廃業である）。その後も私生活での放蕩癖が影響し、廃業と復帰を幾度か繰り返した。昭和60年（1985年）には大須演芸場で父六代目松鶴との親子会を開催し、改めて正式な芸界復帰を果たした。

襲名計画と突然の失踪

松竹芸能に所属していた松鶴親子には、将来的な襲名計画があった。昭和62年（1987年）に開場する浪花座での披露興行で、六代目松鶴を二代目笑福亭松翁、初代森乃福郎を三代目桂文之助、そして枝鶴を七代目笑福亭松鶴として襲名させるというものだ。これは昭和61年（1986年）3月から進められていた計画だったが、同年9月に父六代目松鶴が急逝したため、実現に至らなかった。興味深いことに、六代目松鶴の命日は、祖父五代目松鶴と枝鶴自身の誕生日と同じ9月5日であった。

六代目松鶴の一周忌にあたる昭和62年（1987年）9月5日の夜には、北御堂・津村ホールで「笑福亭松鶴一周忌 第一回笑福亭枝鶴独演会」が開催された。枝鶴は『初天神』、『鴻池の犬』、そしてトリで父と同じ出囃子「船行き」を用いて『一人酒盛』を演じた。落語研究家の戸田学はこの時の高座を「派手さはないが上方落語本流の堅実な芸風」と評している。枝鶴自身もこの独演会を来年以降も恒例にしたいと意欲を示しており、七代目松鶴襲名という将来像を見据えていたはずだった。

しかし、その希望は突然断たれる。独演会からわずか約二週間後の昭和62年（1987年）9月22日、浪花座で始まった「六代目笑福亭松鶴追善特別興行」の初日、トリを務める予定だった枝鶴は出番直前に姿を消したのだ。家を出たところまでは確認されたものの、その後の消息は不明となった。初日のトリで『鴻池の犬』を演じる予定だった枝鶴の代役は、劇場前で鏡開きの司会をしていた六代目笑福亭松喬が急遽務めることとなった。松喬は、楽日（9月28日）のトリで枝鶴がネタおろし予定だった『らくだ』も含め、追善興行中の枝鶴の出番を全て代演した。当時、上方落語界で『らくだ』を演じられる噺家は松喬以外にほとんどおらず、彼は枝鶴の突然の失踪による大きな穴を埋める重責を担った。松喬は後に、無事に興行を終え「責任を果たせた」「ホントにヤレヤレ」と当時の心境を述懐している。

芸界引退と晩年

数日後、関係者が枝鶴本人と連絡を取ることができた。失踪の理由について、彼は責任の重さに耐えかねてノイローゼになったと説明したという。枝鶴は芸界への復帰を強く願ったが、松竹芸能はこれを受け入れず、専属契約を解除。上方落語協会からも除名追放となり、落語家としての道を完全に断たれることとなった。枝鶴は過去にも度々失踪したり、借金や女性とのトラブルを起こしたりしていたが、その度に父六代目松鶴が事後処理を行い、芸界への復帰が叶っていた。しかしこの時ばかりは、松竹芸能が彼を再び受け入れることはなかった。

人物像と父子関係

五代目桂文枝は著書『あんけら荘夜話』の中で、枝鶴の人となりについて「父に対する甘えがある」「刹那刹那を生きている」と評し、その背景には父六代目松鶴の私生活が乱れていたため、息子に対して抑制が効かなかった影響があったと指摘している。六代目笑福亭松喬も、枝鶴がネタを覚えきれない不安から失踪したと推測しており、彼の内面の弱さをうかがわせるエピソードとして語っている。笑福亭松枝は、枝鶴を「誘惑に弱く、甘い言葉に酔って後先考えない」人物であり、ノイローゼとは異なる性質だと指摘。彼が安易に落語家となり、得た仕事や地位の重みを理解せず、面倒なことから逃げる性根を持っていたこと、そして幼少期に父六代目の不在が大きかった可能性に言及している。

特に父六代目松鶴との関係は、円満とは言えず、幼少期には冷たい扱いを受けていたようだ。六代目松喬の著書に記されているエピソードによれば、生涯に四度結婚・同棲を繰り返した六代目松鶴は、枝鶴を最初の妻との間に設けた子だった。六代目が四番目の相手である衣笠寿栄と同棲を始めた頃、枝鶴と衣笠の連れ子を含めた一家で同居していたが、いつしか枝鶴は居場所を失い、祖父五代目松鶴の二番目の妻の元で暮らすこととなった。ある時、枝鶴が父に会いたい一心で家を訪ねたところ、「何しに来たんや、帰れ」と追い返され、さらに家の中から衣笠の連れ子たちが楽しそうに遊ぶ声を聞いて、深い衝撃を受けたという。この出来事は枝鶴の中に長く恨みとして残り、後年、三代目仁鶴にこの時の思いを語り「俺は絶対、あれに仕返ししたる」と強い言葉を口にしたこともあったという。

私生活では、一度目の結婚の際、三代目仁鶴夫妻と同日に、落語会で馴染みだった自安寺で結婚式を挙げる予定だったにもかかわらず、枝鶴本人が当日になって欠席するという騒動を起こし、代わりに笑福亭鶴光が席につく一幕があった。この結婚は後に破綻している。また、枝鶴は浪曲や河内音頭の大ファンであり、十八番の一つであった『竹の水仙』は、浪曲師の初代京山幸枝若から直接口立てで稽古をつけてもらったネタだったと伝わっている。

持ちネタと弟子、そして晩年

五代目枝鶴は、『宿替え』、『竹の水仙』、『禁酒関所』、『ろくろ首』、『道具屋』、『刻うどん』、『へっつい盗人』など、多くの持ちネタを持っていた。

彼の弟子は一人おり、それが現在の六代目笑福亭枝鶴である。彼は昭和59年（1984年）以降、父である六代目松鶴の弟子に転じた後、平成22年（2010年）に六代目枝鶴を襲名している。

芸界引退後は長らく消息が不明の状態が続いていたが、令和7年（2025年）6月9日、愛弟子である六代目枝鶴が、自身の芸歴50年記念独演会に関する記者発表会の席で、五代目枝鶴が平成30年（2018年）1月8日に死去していたことを公表した。72歳だった。

六代目枝鶴によると、平成17年（2005年）に一度面会したことがあり、その際、五代目は舞台復帰への意欲を語ったものの、六代目が関係者への謝罪と許しが先と諭したのに対し、「もうええねん。とりあえず舞台に上がりたい」と返答したという。その後再び連絡が取れなくなり、六代目は「うちの師匠はもうあかんなと思った」と当時を振り返っている。五代目枝鶴の死去については、大阪市大正区役所から伝えられたという。区役所への問い合わせで、晩年は生活保護を受け、体調を悪化させて転院する間に認知症を患い、施設で過ごしていた状況が判明した。六代目枝鶴は、三代目笑福亭仁鶴が生きていた間は公表できなかったこと、そして自身の芸歴50年という節目を迎えたことで今回発表に至った経緯を明かしている。

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