竹の水仙

落語の演目の一つに数えられる『竹の水仙』（たけのすいせん）は、その妙技で知られる伝説的な大工、左甚五郎を主人公とした物語です。この噺の導入部分や設定には、『抜け雀』という別の左甚五郎を扱った演目との類似が見られます。

あらすじ

物語の舞台は、藤沢宿、あるいは神奈川宿と伝わるある宿屋です。そこに、一銭の支払いもせずに飲食を重ね、長らく滞在している男がいました。当初は「宿賃は立ち去る際にまとめて支払ってもらう」という約束で、それまでは一切請求しないことになっていましたが、宿の経営は厳しくなり、食材も底をつきかけていました。宿の主人である大黒屋金兵衛（別伝では大松屋佐兵衛）は、妻に急かされ、やむなく宿賃の請求に踏み切ります。

主人が男に勘定を求めると、男はあっけらかんと「一文無しだ」と答えます。怒った主人が「ではどうするつもりだ」と問い詰めると、男は自分が上方から来た番匠、すなわち大工であると名乗り、「良い算段がある」と言います。そして、「よく切れるノコギリを持って、宿の裏手にある竹やぶに来るように」と指示します。主人は、まさかノコギリでバラバラにされて殺されるのでは、と疑心暗鬼になりながらも、言われたとおりに男の後をついて行きました。竹やぶに到着すると、数多く生えている孟宗竹の中から数本を指さし、「これを切ってくれ」と男は言います。主人は腑に落ちない思いを抱きながらも、その通りに竹を切り出しました。

男はその竹を用いて、見事な水仙のつぼみの彫刻と、それを生けるための花立てを作り上げます。完成後、「これが売れたら、その売上金を宿賃として支払う」と男が告げると、主人は呆れ果てます。さらに男は、その花立てに水を満たし、竹の水仙を挿し、「売物」と書いた紙を貼って、軒先の目立つ場所に一晩置いておくようにと指示します。主人がその通りにすると、翌朝早く、驚くべきことに、竹で作られたはずのそのつぼみが割れ、まるで本物の水仙のように美しい花が開ききっていたのです。

その時、偶然にも肥後熊本藩主、細川越中守（別伝では長州藩の毛利家とも）の大名行列が宿の前を通りかかります。越中守は、すぐに宿の軒先に飾られた竹細工の水仙に目を奪われます。行列の一行であった側用人の大槻刑部が宿に立ち寄り、その水仙の値段を尋ねました。宿の主人は二階にいる男に相談を持ちかけます。「相手は格上のお大名だ。少し高めの、一朱程度でどうだろうか」と打診したところ、男は予想だにしない答えを返します。「二百両で売ってこい」と命じたのです。主人は狼狽しますが、意を決して男に言われた通りの値段を刑部に伝えます。しかし、刑部は「単なる竹細工に二百両など、法外な値段だ。客を見くびるにも程がある！」と激怒し、宿の主人を叩きのめすと、そのまま立ち去ってしまいました。主人は、せっかくの買い手を逃した上、不当に殴られたことへの怒りを甚五郎にぶつけますが、男は冷静に答えます。「まだ表に立っておけ。あの御用人は、慌てふためいてすぐに引き返してくるだろうから」。

一方その頃、本陣に戻った刑部が、越中守に購入できなかったことを報告すると、藩主は激昂します。「あの竹水仙は、当代随一と名高い左甚五郎の手による稀代の逸品だ。この世に二つとなく、他には京にあるのみとされている。しかも、甚五郎はどれだけ金を積まれても、気が向いた時にしかこれを作らないのだ」。その貴重な品を二百両が高いと帰ってきた刑部に対し、越中守は「もう一度宿屋に行き、もし買えなかった場合は切腹を命じる」と厳命したため、刑部は顔色を失い、大慌てで宿へと引き返したのでした。

宿に戻ってきた刑部に対し、主人は開き直って言います。「先ほど一発殴られたから、値段を三百両に値上げさせてもらう」。それでも何とか買おうとする刑部のただならぬ様子を不審に思い、「なぜ単なる竹細工にそこまでの大金を支払おうとするのか」と尋ねたところ、そこで初めて宿の主人は、目の前の男が稀代の名工、左甚五郎であったことを知るのです。

無事、竹の水仙が売れた後、宿の主人夫妻は甚五郎に今までの非礼を深く詫び、売上金の三百両を渡そうとします。しかし、当初の値段を二百両と決めていた甚五郎は、差額の百両を夫婦に渡し、さらに宿賃と迷惑料として五十両を上乗せして手渡しました。

宿を去ろうとする甚五郎を引き止め、夫妻は「どうかこの後も、三百両になる竹の水仙をこの宿で作り続けていただけないか」と懇願します。しかし、甚五郎はそれをきっぱりと断ります。その理由を尋ねると、「竹に花を咲かせることは、その竹自身の寿命を縮めることにつながるからだ」と答えたとされます。

様々な結末

この噺の標準的な結末（サゲ）は、竹が数十年から百数十年に一度開花し、その後枯れてしまうという実際の生態にかかっています。しかし、この他にも様々なバリエーションが存在します。

甚五郎が去った後、宿の夫妻が「人は見かけによらないものだ」と悟り、「以前泊まっていったお坊さんも、もしかしたら弘法大師だったかもしれない」と話すサゲ。
甚五郎が大酒飲みであることと、大工道具のノミを使うことをかけ、「『のみくち』がしっかりしてらっしゃる」と言うサゲ。
入船亭扇辰師匠による独自のサゲでは、亭主が宿屋の二階に紐をくくりつけたまま上がり、妻がそれを引っ張ることで亭主が二階から転げ落ちる、というオチと「落ちる」をかけたものがあります。これは、数々の無礼を働いた亭主と妻が、甚五郎に殺されることを恐れて一計を案じたもので、亭主が危なくなったら妻が手を叩くという合図を決めていましたが、実際には殺されず、二百両をもらえることが判明。喜んだ亭主が誤って手を叩いてしまい、笑いながら転げ落ちる、という展開になっています。

主な演者

この演目は多くの噺家によって演じ継がれています。

物故者
5代目柳家小さん
桂歌丸

現役
3代目桂藤兵衛
入船亭扇治
入船亭扇辰
春風亭柳之助
三遊亭兼好
* 春風亭三朝

関連演目

左甚五郎が登場する他の落語の演目としては、『ねずみ』や『三井の大黒』などがあります。

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