第十八富士山丸事件

第十八富士山丸事件：日朝間の政治対立が生んだ悲劇

1983年、日本の貨物船「第十八富士山丸」が、北朝鮮でスパイ容疑で拘束された事件は、日朝関係の複雑さを象徴する出来事でした。この事件は、単なる密航事件が、両国間の政治的対立に巻き込まれ、乗組員の人生を大きく狂わせる悲劇へと発展しました。

事件の発端

1983年11月1日、冷凍貨物船「第十八富士山丸」は、ハマグリを積んで北朝鮮の南浦港を出港しました。その2日後、対馬の南方を航行中に、密航を試みた北朝鮮人民軍兵士、閔洪九（ミン・ホング）を発見しました。船長の紅粉勇は、所属する富士汽船と海上保安庁に通報し、門司海上保安部の指示で、六連検疫錨地へ向かいました。本来であれば、密航者を元の国へ送り返す義務がありましたが、当局の指示により、閔洪九は福岡県北九州市門司で身柄を引き渡されました。しかし、閔洪九が日本政府に亡命を申請したため、事態は複雑化しました。

北朝鮮による拘束

11月11日、「第十八富士山丸」は北朝鮮に入港しましたが、乗組員5人が抑留されました。そのうち、船長の紅粉勇と機関長の栗浦好雄の2人は、密航幇助と継続的なスパイ行為の容疑で解放されませんでした。船も抑留され、栗浦機関長は修理に当たっていましたが、発電機の故障により、船は廃船となりました。

事件の背景と政治的対立

北朝鮮は、1987年1月に発生した、朝鮮人医師一家の亡命事件（ズ・ダン号事件）で、日本政府が亡命を許可したことを「政治的謀略」と非難し、「第十八富士山丸」の乗組員の帰国を困難にしました。乗組員2名は、1987年11月に閔洪九が仮釈放された直後、北朝鮮当局によって裁判にかけられ、1988年に懲役15年の刑を宣告されました。

日本政府の対応と救出運動

日本政府は、国交がないことを理由に、この問題に積極的に関与せず、「民間ベースで話し合え」と対応しました。しかし、社会党（当時）が中心となり、乗組員の救出運動が展開されました。1987年には、土井たか子委員長が金日成主席との会談で釈放を求め、「政府間交渉に委ねる」という回答を得ました。しかし、1988年の大韓航空機爆破事件による北朝鮮への制裁措置によって、問題解決は一時棚上げとなりました。

乗組員の帰国

冷戦終結後、1990年8月に金丸信が訪中し、中国の協力を得て日朝関係が改善に向かいました。同年9月には、金丸・田辺訪朝団が訪朝し、乗組員の解放が決定しました。1990年10月11日、乗組員2人はチャーター機で帰国しました。

帰国後の苦悩

帰国後、2人は「日朝の友好を乱さないように」という政治的な理由から、北朝鮮での体験について公言を控えるよう宣誓させられました。また、2人の所属会社は、国と福岡県を相手に民事訴訟を起こしましたが、敗訴しました。2人が初めて口を開いたのは、金丸が失脚し、阪神・淡路大震災が発生した後のことでした。2人は、北朝鮮当局による執拗な自白強要や脅迫、拷問に近い取り調べを受け、スパイ容疑を認めざるを得なかったと証言しました。

閔洪九のその後

一方、密入国容疑で収容された閔洪九は、人道上の配慮から北朝鮮へ送還されず、後に放免されました。韓国籍を取得後、在留特別許可を受けて日本で生活していましたが、傷害事件などを起こし、2004年に栃木県宇都宮市の留置場で自殺しました。

事件の教訓

「第十八富士山丸事件」は、国交のない国との間で発生した事件において、政府がどのように対応すべきか、そして、国家間の政治的対立が、個人にどのような影響を与えるのかという問題を提起しました。また、事件に関わった人々のその後の人生を大きく変え、長きにわたる苦悩を生んだ出来事として、深く記憶されるべきでしょう。

参考文献

西村秀樹『北朝鮮抑留 - 第十八富士山丸事件の真相 - 』岩波書店（岩波現代文庫） 2004年
紅粉勇『人生の嵐を越えて - 北朝鮮抑留七年間の真実 - 』ベラカ出版 2007年
「判例時報 1594」2007年

関連項目

ズ・ダン号事件
* 日朝友好議員連盟

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