篁物語

『篁物語』：謎に包まれた平安～鎌倉時代の恋愛物語

『篁物語』は、平安時代または鎌倉時代に成立したとされる物語です。別名『篁日記』『小野篁集』などとも呼ばれ、その成立年代や作者は諸説あり、未だに謎に包まれています。

作品の概要

本作品は、平安初期の歌人、文人政治家として知られる小野篁を主人公に、彼とその異母妹の恋愛を描いた物語です。和歌を多く取り入れた二話構成となっており、独特の雰囲気を醸し出しています。

題名の変遷

『篁物語』という題名は一般的ですが、古写本によって題名が異なっている点が興味深い特徴です。例えば、彰考館本では「篁物語」とされているのに対し、宮内庁書陵部本では「小野篁集」となっています。他にも、「小野篁記」「篁日記」といった異称も確認されており、作品名が定まらなかったことが伺えます。「日記」という呼び名は、一人の人生を時系列に追っている物語構成からきていると考えられています。

成立年代と作者

作者は不明であり、二話はそれぞれ別の作者によって書かれた可能性も指摘されています。成立年代についても、諸説が飛び交っています。ドナルド・キーンは、第一話を10世紀、第二話をそれより100年以上後と推定していますが、登場人物の敬称や建物の名称といった年代特定の有力な手がかりがほとんどないため、正確な年代の特定は困難です。キーンはさらに、第一話が『源氏物語』に影響を与えた可能性を指摘しています。一方、『日本古典文学大辞典』では、菊田茂男が『古今和歌集』から『源氏物語』の間、あるいは1210年頃といった諸説を紹介しつつ、『本朝文粋』以降の成立説が有力であると主張しています。このように、成立年代に関する議論は今もなお続いています。

ジャンル

『篁物語』のジャンルは、数多くの和歌が含まれていることから歌物語に分類されます。しかしながら、「篁日記」という呼び方もあるものの、一般的な日記文学とは異なる点に注意が必要です。元々は篁の和歌を集めた家集であった可能性も示唆されており、『私家集大成・中古I』にも収録されていることから、その可能性は無視できません。菊田茂男は『篁物語』を「歌物語的・説話的構造の短編物語」と位置付けています。

物語の梗概

物語は大きく二つの話から構成されています。

第一話では、主人公である小野篁が異母妹に漢学を教え込む中で、二人は恋に落ちます。妹が妊娠したことをきっかけに、母親は二人の仲を許さず、妹を閉じ込めてしまいます。妹は篁への想いを抱いたまま世を去り、亡霊となって篁の前に現れるという、切ない物語が展開します。亡霊は最初は毎晩のように現れましたが、次第に現れる頻度が減り、形も薄れていき、三年後には篁の夢にも現れなくなると伝えられています。

第二話では、篁が右大臣の娘と結婚し、幸せな日々を送る様子が描かれています。第一話とは対照的な、穏やかな展開が印象的です。

諸本と伝承

近現代まで伝わっている写本は三本存在します。彰考館本（美濃判袋綴本、戦災で焼失）、書陵部本など、いずれも江戸前期に書写されたと推定される貴重な資料です。

近現代文学への影響

『篁物語』は、近現代の文学にも影響を与えており、谷崎潤一郎は本作を基に「小野篁妹に恋する事」という短編小説を発表しています。

参考文献

市古貞次ら編『日本古典文学大辞典　第四巻』岩波書店
Keene, Donald (1999). A History of Japanese Literature, Vol. 1: Seeds in the Heart – Japanese Literature from Earliest Times to the Late Sixteenth Century (paperback ed.). New York, NY: Columbia University Press.

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