粟野春慶

粟野春慶（あわのしゅんけい）

粟野春慶は、茨城県東茨城郡城里町粟地区で製造される春慶塗の漆器で、「水戸春慶」とも呼ばれています。岐阜県の飛騨春慶、秋田県の能代春慶とともに、日本三大春慶の一つとして知られています。

1976年（昭和51年）に国の無形文化財、1989年（平成元年）には茨城県の無形文化財に指定され、1988年（昭和63年）には茨城県郷土工芸品の指定も受けています。

特徴

粟野春慶の最大の特徴は、透明な漆を塗ることで木目を際立たせる春慶塗の技法です。これにより、木の自然な美しさが引き出され、独特の風合いが生まれます。

木地: 非常に堅い石桧（いしっぴ・いひっぴ）を木地に使用します。この石桧と漆は、茨城県内から採取されたものを使用しています。茨城県産のヒノキは粘りがあり加工が難しいものの、光沢があり漆塗りに適しています。
下地: 下地にニカワや砥の粉などを使用しないため、漆が剥がれにくく、木地の木目がより鮮明に見えます。
* 漆: 透明度を高め、均一で美しい色を出すために、漆に梅酢を加えた薄紅色の塗りを施します。この工程により、完成した茶褐色の漆器は、使い込むほどに黄金色へと変化し、味わいを深めます。

主な製品としては、重箱、盆、弁当箱、硯箱などがあります。

製造工程

かつてはすべての工程を一人で行っていましたが、近年では分業での製作も行われています。材料となる木材と漆は、共に茨城県内で採取された天然のものを使用しています。

1. 製材: 石桧を長さ2メートルの板状に製材します。
2. 木取り: 作品の大きさに合わせて電動丸鋸で切り分けます。
3. 鉋がけ: 板の表面を鉋で削り、厚さを調整します。鉋の削り具合が塗りの艶に影響するため、非常に薄く削ります。
4. トクサみがき: トクサで表面を丁寧に磨きます（紙やすりなどを使用すると、研磨剤が木地表面に残り、仕上がりに影響が出ます）。
5. 木釘打ち: ウツギの枝を削って作った木釘を使用し、部品を組み立てます。
6. 面取り: 鉋で角を落とし、滑らかに仕上げます。
7. トクサみがき: 再度トクサで磨き、光を反射するほど滑らかな表面に仕上げます。
8. 下塗り: 生漆に梅酢と荏油を加えた漆を、「スリバケ」という刷毛で木地に直接塗り付けます。余分な漆はサラシで丁寧に拭き取り、漆の乾燥に適した土室（温度25度前後、湿度80パーセント前後）で2日間乾燥させます。
9. 中塗り: 下塗りよりも梅酢と荏油を減らした漆を塗り、女性の髪で作られた「ナデバケ」という刷毛で表面を均一にならし、埃を取り除きます。再び土室で丸1日乾燥させます。
10. 上げ塗り: 生漆を日光の下で時間をかけて混ぜ、水分を飛ばして酸化させた「黒目漆」を使用します。漉した黒目漆に少量の梅酢と荏油を加え、塗り上げます。
11. 乾燥: 塗り上がった作品を土室に入れ、2日間かけて乾燥させます。

歴史

起源

伝承によれば、室町時代の1489年（延徳元年）に、稲川山城主・源義明が桂川沿いに自生する漆、ヒノキ、ウメを利用して塗物を考案したのが始まりとされています。子の太郎左衛門昌忠に伝えられ、3代目の義忠が現在の城里町粟地区で本格的に始めたと伝えられています。この起源が事実であれば、飛騨春慶や能代春慶に先駆ける日本最古の春慶塗であるという説もありますが、確証はありません。

江戸時代

稲川家の8代目・稲川興兵衛は、水戸藩第2代藩主・徳川光圀により、神崎寺において紀州の漆工と技を競わされ、勝利しました。これにより、粟野春慶は水戸藩御用達となり、奨励を受けることとなりました。これが「水戸春慶」と呼ばれる由縁です。第9代藩主・徳川斉昭も粟野春慶の保護・奨励に尽力しました。

近現代

大正末期から昭和初期にかけては、茨城県内に20数軒の工房が存在し、朝鮮半島や中国にも販路を広げていました。しかし、第二次世界大戦後、生活様式の変化や安価な合成樹脂製品の普及により需要が減少し、職人も減少の一途をたどりました。

1976年（昭和51年）に国の「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」となり、1988年（昭和63年）には茨城県の郷土工芸品に、1989年（平成元年）には茨城県の無形文化財に指定されました。

稲川武男氏によれば、1956年（昭和31年）頃には農家からの贈答用としての注文が多く、粟野春慶を製造する家は5軒ありましたが、現在では稲川氏の家1軒を残すのみとなっています。

粟野春慶は、その美しい木目と独特の風合いで、今もなお多くの人々を魅了し続けています。しかし、後継者不足や原材料の確保など、多くの課題も抱えています。その伝統を守り、未来へと繋げていくために、関係者の努力が続けられています。

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