飛騨春慶

飛騨春慶（ひだしゅんけい）

飛騨春慶は、岐阜県の高山市や飛騨市などで製造されている春慶塗の漆器です。1975年（昭和50年）2月17日に経済産業大臣によって伝統的工芸品に指定されました。

特色

飛騨春慶の大きな特徴は、天然木の美しい木目を活かした木地と、その木地の持ち味を最大限に引き出す漆塗りの技術が融合した点です。木地師と塗師、二人の職人の技が結びつくことで、独特の美しさが生まれます。

曲物細工の技法: 板を平面から立体的に仕上げる高度な技術が用いられています。
透漆（すきうるし）塗りの技法: 木目の美しさを際立たせる透明感のある漆塗りが特徴です。

黄色または紅色の下地に透明度の高い「春慶漆」を塗り重ねることで、光沢のある飴色に仕上がります。春慶漆の調合は塗師によって異なり、それぞれに個性的な色合いが生まれるとともに、経年変化によって色味が深まるのも魅力です。飛騨では黄色の「黄春慶」が中心で、「紅春慶」は注文生産が主となっています。

主要な製品としては、盆などの板物、菓子器や重箱などの曲物、茶托などの挽物があります。

製造工程

飛騨春慶の製造には、木地作りと塗りの両方の技術が不可欠です。それぞれの工程で、職人たちが長年培ってきた伝統的な技法を駆使し、二人三脚で一つの作品を仕上げていきます。

木地作り

木地には、挽物にはトチ、指物や曲物にはヒノキやサワラなど、それぞれの用途に適した木材が使用されます。木材の持ち味を活かすために、以下のような技法が用いられます。

割目: 木目に沿って割った木をそのまま木地に生かす技法
枇目: 人工的に木目の柔らかい部分を剥がして独特の模様を作り出す技法
* 鉋目: 鉋で表面に線模様を彫り込む技法

塗り

木地が完成すると、塗師による塗りの工程に入ります。

1. 木地の磨き: 丁寧に磨き上げ、滑らかな表面に仕上げます。
2. 木地固め: 色むらを防ぎ、均一な仕上がりとするため、木肌から取った汁やタートラージンで着色し、豆汁またはカゼインを塗り重ねて乾燥させます。これにより、木地が余分な水分を吸い込むのを防ぎます。その後、水拭きを行います。
3. 着色: 黄色のオーラミン顔料または紅色のローダミン顔料を染料として用います。
4. 摺漆（すりうるし）: 生漆に荏油を加えた透明な「透漆」を薄く塗り重ねます。塗る回数に応じて、荏油と漆の配合を調整します。乾燥後、木地の表面に残った荏油を丁寧に拭き取ります。
5. 研ぎ: 「トクサ」に水をつけて表面を磨き、滑らかに仕上げます。
6. 上塗: 塗師がそれぞれの調合で作り上げた、最も透明度の高い透漆「春慶漆」を刷毛で丁寧に塗り上げます。
7. 乾燥: 漆を十分に乾燥させ、美しい光沢を引き出します。

歴史

古代

飛騨地方は、古くは8世紀の飛鳥時代から豊かな森林資源に恵まれ、木工技術が発達した地域でした。「飛騨の匠」と呼ばれる優れた技術を持つ職人を数多く輩出し、『大宝律令』には、飛騨国は課税を免除される代わりに、匠工を朝廷へ奉仕させることが定められていました。平安時代初期には、その数は1,000人に増加したと記録されています。このように、古代から文化の中心地との交流があったことが、飛騨春慶の技術が発展する素地となりました。

近世

江戸時代初期（17世紀初頭）、大工棟梁の高橋喜左衛門が、サワラの美しい木目に魅せられ、その木目を活かした盆を製作し、飛騨高山藩の藩主である金森可重の子、金森重近に献上しました。重近はその木目を気に入り、御用塗師の成田三右衛門に透漆で仕上げさせたことが飛騨春慶の始まりとされています。名前の由来には諸説あり、陶工・加藤景正の作った名陶「飛春慶」の茶壷の黄釉に似ていたことから名付けられたという説や、献上した季節が春であったことにちなむという説がありますが、いずれも立証されていません。

茶道に造詣が深かった金森氏が、代々、都の茶人や将軍家に春慶塗の茶道具を献上したため、飛騨春慶は発展を遂げましたが、当初は貴族のための工芸品でした。1692年（元禄5年）に金森氏が移封され、飛騨国が幕府領となると、飛騨春慶は他の地域にも広まり、幕末には問屋が出現し、庶民にも親しまれる工芸品となっていきました。

近現代

明治時代に入ると職人の数が増加し、JR高山線が開通した大正・昭和時代には、戦中を除いて土産物としての地位を確立し、「春慶と言えば飛騨春慶」と言われるほど生産が盛んになりました。

1970年代（昭和50年代）に国鉄の観光キャンペーン「ディスカバー・ジャパン」が始まると、飛騨高山は全国的な注目を集め、多くの観光客が訪れました。1973年（昭和48年）には、木材加工所経営者の長瀬清が、自身の飛騨春慶コレクションを展示する私設資料館「飛騨高山春慶会館」を開館しました。1975年（昭和50年）2月17日には、経済産業省の伝統的工芸品に指定されています。

しかし、平成時代に入り売り上げが低迷し、職人の数も減少の一途を辿っています。長年、飛騨高山の観光名所として飛騨春慶の普及に貢献してきた飛騨高山春慶会館も、後継者不足と客足の伸び悩みにより、2014年（平成26年）7月末に閉館しました。

2013年（平成25年）に開催された「飛騨高山文化芸術祭」では、イタリア・クレモナの弦楽器職人リカルド・ベルゴンツィが製作したバイオリン、ビオラ、チェロの4つの楽器に、飛騨春慶作家の熊崎信行が飛騨春慶塗りの技法で漆を塗り仕上げるという、国際的な共同制作が実現しました。これらの楽器を用いた弦楽四重奏コンサートは、後に東京でも開催されました。

2016年（平成28年）4月には、高山市が申請した「飛騨匠の技・こころー木とともに、今に引き継ぐ1300年ー」が文化庁により日本遺産として認定され、飛騨春慶もその構成要素の一つとして含まれています。同年には、22年ぶりに後継者として初の女性職人が誕生し、40年ぶりに新弟子も迎えられました。

もう一度検索