素人鰻

素人鰻（しろうとうなぎ）

『素人鰻』は、落語の演目の一つで、特に八代目桂文楽の名演が評価されている作品です。この演目は、明治維新後の士族の生活を描写しており、商売に対する戸惑いや失敗をテーマとしています。元々の話は、1773年に発表された噺本『軽口大矢数』や1780年の『大きにお世話』に遡ることができます。

あらすじ

演目は、明治維新後に士族として没落した武士たちが抱える困難を描写しています。士族は士族階級として残りますが、秩禄処分により米の支給がなくなると、代わりに現金が支給され、商売を余儀なくされます。この背景の中、ある旗本が鰻屋を開業することに。彼は、奥方や娘を従業員として働かせるが、商売は未経験で、ましてや鰻の調理もできない。「士族の商法」と呼ばれるような、商売の舵取りが不十分なまま開店します。

運のいいことに、彼は以前から屋敷に出入りしていた腕の良い板前職人「神田川の金」を雇います。金さんは腕前は一級品ですが、酒癖が悪いという問題を抱えています。それでも、金は「旦那のために」と頑張って手伝い、店は大いに繁盛。ところが、開業日の夜、旦那が「今日は飲んでリラックスしろ」と勧めたことから、金は酔っ払って暴れ始めます。その結果、翌朝には反省しながら来るが、その酒癖によって何度も追い出されるようになり、ついには店を辞めることに。

「金がまだ帰っていません。今日は休業しなければいけません」と奥方が言うと、旦那は驚きます。「夜が明ける前に、金が帰らなければならない！」となり、実際に旦那は客が多数待っている中で、自ら鰻をさばこうとします。慣れない手つきで鰻を捕まえようとして、ドタバタの大騒動になります。おかげで、鰻をつかまえるために外に飛び出し、「どこへ行くか分かりますか、前に回って鰻に聞いてくれ」と叫ぶ場面は特に印象的です。

概略

この『素人鰻』という演目は、士族たちが新しい商売で失敗し、社会問題として反感を持つ不平士族となる様子を描き出しています。このような状況は、征韓論や自由民権運動、西南戦争などといった歴史的事件に繋がっていく重要な契機となりました。さらに、この噺は士族の没落をリアルに伝えており、同じテーマを扱う歌舞伎作品『水天宮利生深川』と共に、歴史的資料としての意義も持っています。

金の酔った様子や、酔った殿様が鰻を捕まえようと奮闘する同時に必要な技術を見せるシーンも見どころです。八代目桂文楽の演技は特に優れており、彼はこの演目で1954年（昭和29年）に文部省芸術祭奨励賞を受賞しました。彼のように演じた三笑亭可楽も興味深い存在です。また、金の「神田川」という名は、東京都千代田区に位置する老舗鰻屋に由来し、文楽自身が愛していたことで知られています。この店は、義太夫の発表会も開催されるなど、落語界との密接な交流もありました。

三遊亭圓朝の創作である「御膳汁粉」も、士族の失敗を描いており、様々な関連性が見られます。大阪で演じられている『鰻屋』と似ている部分もありますが、原作が異なるため、偶然に発展したものとされています。このことからも、落語の演目は文化や歴史と密接に絡み合っていることがうかがえます。

もう一度検索