総統の顔

ドナルドダックとナチスドイツ：ディズニーが描いた戦争とプロパガンダ

1943年、第二次世界大戦の真っ只中、ウォルト・ディズニー・プロダクション（現ウォルト・ディズニー・カンパニー）は、異色のアニメーション短編映画『総統の顔』（原題：Der Fuehrer's Face）を世に送り出しました。ドナルドダックを主人公とするこの作品は、ドナルドダック・シリーズの第43作目であり、枢軸国、特にナチス・ドイツを痛烈に風刺したプロパガンダ作品として知られています。

当初は『Donald Duck in Nutzi Land』というタイトルで制作が開始されましたが、先行して発売された主題歌がヒットしたため、『総統の顔』と改題されました。この主題歌はスパイク・ジョーンズによるものが特に有名で、歌詞や劇中のセリフには、ドイツを揶揄する意図が込められ、ドイツ語を意図的に崩した表現が用いられています。

映画は、ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の音楽とともに幕を開けます。舞台となるのは、「ナチランド」と名付けられた、ハーケンクロイツがあらゆる場所に描かれた街です。ドナルドは、この街で暮らすごく普通の市民として描かれ、起床から就寝まで、ナチスの支配下での生活を余儀なくされます。

早朝、軍楽隊による目覚ましで強制的に起床させられたドナルドは、ヒトラー、昭和天皇、ムッソリーニの肖像画に敬礼し、配給の硬いパンをかじって朝食をとります。その後、兵器工場へと送られ、1日48時間のシフト制で砲弾の組み立て作業に従事することになります。工場内では、ヒトラーの肖像画が次々と生産ラインを流れてきて、ドナルドは一つ一つに敬礼しながら作業をしなければなりません。

過酷な労働と絶え間ないプロパガンダ放送に耐えかねたドナルドは、精神的に錯乱状態に陥ります。そして、砲弾が飛び交う悪夢のような空想の世界に迷い込みますが、それは夢でした。目覚めたドナルドが目にしたのは、自由の女神像のミニチュアでした。アメリカ国民であることを再認識したドナルドは、喜びに満ち溢れます。

エンディングでは、ヒトラーの顔の戯画にトマトが投げつけられ、映画は幕を閉じます。この作品は、アメリカにおける戦争プロパガンダの一端を象徴しており、当時としては珍しい、戦争を題材としたアニメーション作品として注目されています。翌1944年には、同じく戦争を題材とした『勝利は我に』（トムとジェリーシリーズ）がアカデミー賞短編アニメ賞を受賞しており、この時代における戦争アニメーションの隆盛が伺えます。

『総統の顔』は、アメリカ合衆国では長らく一般公開されていませんでしたが、2004年にDVDボックス『Walt Disney Treasures: On the Front Lines』に収録されたことで、ようやく広く知られるようになりました。しかし、日本での公開や配信は行われておらず、2015年にNHKの番組『新・映像の世紀』で一部が放送されたのが初めてでした。一方、ロシアでは、過激派資料として配信が禁止されています。

この作品は、『新しい精神』（原題：The New Spirit）や『43年の精神』（原題：The Spirit of '43）など、同時期に制作された他のプロパガンダアニメーション作品とともに、第二次世界大戦下のアメリカ合衆国の世相と、ディズニーというエンターテインメント企業の役割を考察する上で重要な資料と言えます。これらの作品は、アメリカ政府の依頼で制作されたものもあり、ディズニー作品という枠を超えて、歴史的・政治的文脈の中で理解する必要があるでしょう。

『総統の顔』は、単なるエンターテイメント作品ではなく、戦争とプロパガンダ、そしてアニメーションの表現力の可能性を改めて考えさせてくれる、歴史的な意義を持つ作品です。

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