緒方久人

緒方久人

緒方久人（おがた ひさと、1895年10月1日 - 1970年）は、日本の柔道家であり、講道館九段の段位を有していました。広島県呉市において、戦前の海軍をはじめとする各所で半世紀以上にわたり柔道指導を行い、広島市を中心に活動した倉田太一と共に、広島県下の柔道界における大家として、その振興と普及に大きく貢献しました。

経歴

福岡県久留米市で生まれた緒方は、幼少の頃より扱心流の柔術を学びました。旧制中学校を卒業後、上京し1912年3月に講道館へ入門。返し技（当時は「裏技」と呼ばれていました）の名手として知られる高橋数良の元で熱心に修行し、返し技に不可欠な足技を磨き、これを生涯の武器としました。

1914年2月に初段を許されると、翌1915年には郷里である久留米の憲兵隊柔道教師を拝命。1918年5月には、恩師である高橋の推薦により、二段格として呉鎮守府海兵団および江田島海軍学校の柔道教師に着任しました。

当時、初段や二段の者が警察署などの柔道教師を務めることは珍しくありませんでしたが、階級意識の強い海兵団において、弱冠22歳の若者が柔道指導に赴任してきたことに団員たちは興味津々でした。緒方は、一見すると柔和な印象を与える青年でしたが、道場に集まった猛者たちを、軽妙かつ大胆な足技で圧倒し、その実力を見せつけました。また、生まれ持った清濁併せ呑む性格と、物事にこだわらない風格が、たちまち団員たちの心を掴んだと言われています。

呉市では、呉警察署、呉憲兵隊、海軍工廠総務部、海軍第11空廠、呉水交社、呉青年団、興文中学校など、多くの場所で柔道教師・師範を務め、地域に深く根ざしました。1919年には、三段の段位で同市岩方通に私設道場「弘道館」を開設し、後進の指導にもあたりました。

1920年には大日本武徳会で精錬証を受け、後には同会広島支部呉支所の副支所長を任ぜられました。1923年の広島県柔道有段者会創設のためにも尽力し、1930年には同会副会長に着任。講道館の五段であった1927年には、大日本武徳会より柔道教士号を授与されています。

身長169.7cm、体重71.3kgと均整の取れた体格で、足技・返し技を得意とした緒方は、1935年10月に開催された第5回全日本選士権大会に第6区代表として専門成年前期の部に出場。初戦で群馬の佐藤信作五段、準決勝戦で第3回大会覇者の松野内安一六段を破り、決勝戦では西文雄六段に敗れたものの、準優勝という輝かしい成績を残しました。

その後も緒方は、柔道を通じた後進の育成に尽力し、門下からは1939年の第10回明治神宮大会柔道競技で海軍軍人の部を制した高村徳一などの逸材を輩出しました。高村の回想によれば、当時の呉鎮守府では、艦隊が入港すると隊員たちは道場に集まり、緒方の指導の下で猛稽古に励み、稽古後には緒方を囲んで技や精神について議論を交わしていたそうです。

緒方は、呉鎮守府のみならず全国の海軍柔道部員からも慕われ、旧海軍出身者により結成された舷友会の会長にも就任しました。戦後、海上自衛隊が組織されると柔道師範となり、隊員たちの指導に尽力しました。また、戦災で被害を受けた「弘道館」を再建し、故郷である呉の地で多くの青少年育成に力を注ぎました。その他、広島県整復師会会長などの要職も務めています。

1958年5月には、講道館より九段位を授与されました。東京オリンピックで初めて柔道が実施競技として採用されるなど、柔道の国際化が進んだ1960年代には、広島市を中心に柔道指導を行った倉田太一と共に、広島県柔道界の重鎮として知られました。

晩年は、大東亜戦争で亡くなった海軍柔道部員の慰霊碑建立に尽力し、1967年に長迫公園（旧・呉海軍墓地）に慰霊碑が建立された際には、「これで思い残すことはない」と満足げに語っていたと言われています。

半世紀以上にわたり呉の地で柔道指導を行い、多くの門下生を育成した緒方久人は、1970年にその生涯を閉じました。

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