羈縻政策

羈縻政策（きびせいさく）

羈縻政策とは、中国の王朝が周辺の異民族に対して行った統御政策のことで、漢の時代から見られましたが、唐の時代に最も効果的に用いられました。

概要

中国王朝は、周辺の異民族や諸国家に対して、政治的、軍事的、文化的な従属関係を構築しました。その具体化の形態としては、領域化（内地化）、羈縻、冊封などがあります。

領域化: 支配地に内地と同じ州県を設置し、中央から官僚を派遣して住民を中国の国法下で直接支配します。
冊封: 周辺民族や国家の首長に王や侯などの爵号を与え、形式的な君臣関係を結び、中国の支配秩序に組み込みます。
羈縻: 中国に近い友好的な国王や首長を都督・刺史・県令などに任命し、彼らが元々持っていた統治権を中国の政治構造における官吏という名目で使わせます。羈縻政策が適用された地域は、羈縻州または羈縻衛所と呼ばれます。

羈縻州の長官は唐においては地方官吏であり、部族内部からは王または首長として扱われました。羈縻は冊封と対比されることが多いですが、歴史的には対立するものではなく、相互補完的な関係にありました。「羈」は馬の手綱、「縻」は牛の鼻綱を意味します。

唐における展開

唐代の羈縻州は、初期には辺境の都督府が管轄し、漢人の官僚の下に首長などの有力な辺境部族が組織されました。領域が拡大するにつれて都護府が設けられ、都護府が統括するようになりました。都護府の長官である都護をはじめ、主要な職員は漢人、または漢化した異民族が任命されました。都護府は主に太宗・高宗の時代に設置されました。羈縻政策のもとに置かれた国王や首長は、都護府の下の都督・刺史・県令などに任命されました。

明における展開

明朝は、女真、チベット、苗など、民族単位での統一政権を確立していない民族に対し、その規模に応じて衛所の指揮官の称号を与えました。このように、近隣諸民族の諸侯に名目的な称号を付与することで成立した諸衛を「羈縻衛」といいます。

羈縻衛所は、印璽と共に辞令と身分証を兼ねた勅書を民族・部族の長に与え、衛所の長に任命することで成立しましたが、明からの内政干渉はありませんでした。また、中国内地の軍事組織とは異なり、任命された長には朝貢の際の馬市での取引は認められましたが、俸禄はなく、構成員に対する兵役もありませんでした。朝貢や馬市での取引には勅書が必要でした。

中国史における役割

20世紀前半の中国史では、唐の世界政策を羈縻政策に沿ったものと捉える見方が主流でしたが、西嶋定生が冊封に着目した東アジア世界論（冊封体制論）を提唱してからは、冊封体制に重点が置かれるようになりました。しかし、羈縻政策と冊封は必ずしも対立するものではなく、渤海王が忽汗州都督として羈縻政策に組み込まれていたように、補完的な関係も見られます。

突厥の可汗についても、唐（隋）と突厥に父子（舅婿）関係や君臣関係があったとし、冊封関係を適用する見方から、『新唐書』「太宗紀」に太宗が「天可汗」と号したとあることから、突厥はこのとき既に羈縻支配に移行していたとする説もあります。

また、府兵制などと羈縻政策を関連付ける見方や、羈縻政策とは冊封と直接支配の中間に過ぎず、その衰退によって冊封関係が主流になったとする見方などがあり、羈縻政策に対する評価は一様ではありません。

関連項目

中国の異民族
土司
中華
四夷
中華思想（華夷思想、華夷秩序）
冊封体制
朝貢
冊封国
小中華思想
事大主義
中国朝鮮関係史
* 民族区域自治

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