聖なる狂気

1995年に公開された映画『聖なる狂気』は、フィリップ・リドリーが脚本と監督を務めた異色のサイコ・スリラーです。監督であるリドリーはイギリス出身で、映画監督だけでなく、視覚芸術家、小説家、劇作家としても多彩な才能を発揮しています。彼は1990年の映画『ザ・クレイズ/冷血の絆』で脚本を担当した後、同年に監督・脚本を手がけた『柔らかい殻』でストックホルム映画祭最高賞を含む11冠を獲得するなど、早くから国際的な評価を得ました。本作は彼の監督第2作目にあたり、ポルト映画祭で監督賞を受賞しています。

本作には、後に『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで知られるヴィゴ・モーテンセンが出演しています。彼は『柔らかい殻』に続いてリドリー作品に参加し、本作では口のきけない大工クレイ役を演じました。役柄に深く入り込むため、モーテンセンは撮影期間中、終日一切言葉を発さずに過ごしたというエピソードが残されています。

物語の舞台は、外界から隔絶された深い森の奥にひっそりと建つ一軒家です。そこで暮らすのは、口のきけない寡黙な大工のクレイと、その美しい恋人キャリー。彼らの静かな生活は、わずか12日間のうちに凄惨な事態へと変貌していきます。

事の始まりは、葬儀社の従業員ジュードが、クレイに注文していた棺桶を受け取りに向かう途中、森の中で一人の衰弱した青年を救助し、クレイの家に運び込んだことでした。翌日、目を覚ました青年は、自らをダークリー・ヌーンと名乗ります。その不吉な響きの名は、彼が育ったカルト集団において、両親が聖書から選んだものでした。

ダークリーは、聖書の教えを狂信的に信奉する両親が近隣住民と激しく対立し、ついには住民による襲撃で射殺された過去を語ります。自身だけが生き延びて逃亡し、何日も彷徨った末にこの森にたどり着いたと明かした彼に、キャリーは深い同情を寄せ、彼を家族として受け入れたいとクレイを説得します。やがてダークリーはクレイの大工仕事をわずかに手伝い始めますが、彼にとって、厳格なカルトの教えのみを信じて育ったがゆえに、魅惑的で無防備なキャリーの言動は、文字通り未知との遭遇であり、理解不能なものでした。愛し合うクレイとキャリーの姿を密かに覗き見ては、抑えきれない嫉妬とキャリーへの思慕に苦悩する日々を送ります。

やがて、ダークリーは森でロキシーと名乗る女性と出会います。トレーラーハウスで愛犬と暮らすロキシーは、実はクレイの実母でした。彼女はキャリーを憎悪しており、息子と家を奪われ、夫を呪い殺されたと信じ込み、キャリーを「魔女」呼ばわりしてダークリーに恨み言をぶつけます。同じ森の中で暮らしながら、キャリーへの嫌がらせを続けていたのです。

カルトの教えに染まったダークリーにとって、「魔女」は極めて罪深く、決して許されざる存在です。しかし、キャリーに直接問い質すと、彼女はクレイの父親が自分をレイプしようとして心臓発作で亡くなったと告白します。クレイの父親に非があったのなら、キャリーに横恋慕し、覗き見ている自分はどうなるのか。激しい混乱に苛まれたダークリーは、肉体的な痛みで内なる欲情を抑え込もうと、胸に有刺鉄線を巻きつけるという自傷行為に走り、その血塗れの体を衣服で隠します。一方で、彼はキャリーが本当に魔女なのか、その確証を求め続けます。しかし、隠していた有刺鉄線がキャリーとクレイに見つかってしまい、ダークリーは家から出て行くよう言い渡されてしまいます。

そして迎えた運命の12日目。孤独だったロキシーは、唯一の家族である愛犬を亡くし、夜の間にライフルで自らの命を絶っていました。彼女の遺体を発見したダークリーの目の前に、全身に銃創を負った両親の幻覚が現れます。幻の両親は「魔女の言葉を信じるな。お前に罪はない」「罪を犯した者を殺せ」と冷ややかな笑みを浮かべてダークリーに語りかけます。それに「ハレルヤ」と応えたダークリーの瞳には、既に狂気が宿っていました。

その夜、全身を赤く塗った異様な姿に変貌したダークリーは、クレイの家を襲撃します。キャリーを守ろうと抵抗したクレイは深手を負い、家から放り出されます。炎上する家の中で、ダークリーはキャリーを追い詰めていきます。しかし、キャリーが発した「愛してる」という一言が、彼の動きを止めました。その刹那、駆けつけたジュードのライフル弾が、ダークリーの右胸を撃ち抜いたのでした。

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